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正しい悪魔の使い方 (完結作品)

作: 佐伯夢村

正しい悪魔の使い方

会社をリストラされた日、男は本を買った。
もう、どうなっても構うものか・・
そう言って買った本は、古びてはいるが見事な装飾を施された、分厚い革カバーの大きな本だった。
どこの言語で書かれているのかは判別できないが、古道具屋の店主によると、そこには「悪魔を呼び出す為の手引」と書かれているらしい。
初めて見た時は訝しがり、手に取る事も躊躇われたが、今となってはこれに頼る他無い。
何だって良い、どんな方法でもいい、復讐が果たせるのなら・・・
男は人生の中で貯め込んでいた預金の全てを、この本の代価として支払った。
店主も、まさか買うと思っていなかったので、吹っ掛けた金額を提示したのだが、支払ってしまった以上、渡す他無かった。
本を包み、紙袋に入れる時、店主は一緒にティッシュを一つ入れた。
駅前で配られている「消費者金融」の広告の入ったティッシュだ。
それは無一文になる男への、一種のメッセージの様なものだった。
だが、男はそこに書かれた文字を無視した。
やり直しなんて出来ない、今更、金を持っていても仕方ない・・・
家に帰ってすぐ、男はコートも脱がずに本に掛かったベルトを外し、革のカバーを開いた。
不思議と書かれていた文字は読めないに係わらず、内容だけが頭に浮かんでくる。
そしてこれが、本当に悪魔を呼び出すための手引き書である事が判った。
これで復讐は完璧に出来る・・・
悪魔を呼び出すために必要なものを、男は部屋の中から掻き集め始めた。
呼び出すために必要なものは、多くはなく、男にとって案外難しくもなかった。
飼っていた蛙を湯の中に投げ込み、形のままで殺した後、椅子を削って作ったチップで薫製を作る。
以前、ベランダに積んでいたゴミに集り散らかしたカラスを、餌に混ぜた毒で殺したことがある。カラスの死骸も乾燥し、干物になっているはずだ。
勝手に住み着いた猫を捕まえれば、生き血などすぐ手に入る。
子猫を生んだばかりだ、量には問題はない。
準備には僅か数日在ればよかった。
あとは呼び出す決意だけ在ればいい。
男は最後に必要な「もの」を用意する為、床にまな板と包丁を置いた。
何度も読み返し、その本に書かれた模様を頭に思い浮かべては目を閉じる。
何度もそんなことを繰り返して、そうしてはまな板を血走った目で眺めた。
決心が付かない、ここまで来てまだ躊躇する。覚悟を決めても、また躊躇する。
その時、テレビからニュースが流れてきた。
男が元居た会社の株価が上がった、そして新規事業に乗り出した。
それを見た時、男は決心した。
全てぶっ壊してやる・・・
男はタオルで手首を締め直すと、一気に包丁を自分の手に向かって振り落とした。

机の上には火の灯った燭台と真っ赤な液体の入ったグラス、干涸らびて苦悶の表情を浮かべた生物の塊。
それらの中心に男は、ある図形を描いていた。
切り取った自分の一部を筆として、真っ赤な線を引いていく。
出来上がったものは、本に書かれたものと寸分違わぬ出来だった。
最後の線が繋がったとき、男に得も言われぬ幸福感が襲った。
これで復讐が完成する・・・
あとは、ただひたすら祈った。
誰に祈ったのか、何に祈ったのか、そんなことは関係がなかった。
ただ、あいつを地獄に落としてやりたい、と願った。
どの位時間がったったか、男は目を開けた。
机の上には、何とも小さな人間が立っていた。
それは横に置かれた燭台ほどの大きさ、しかし子供ではなく髭まで生やしていた。
その小人は男に向かって訪ねた。
相手を地獄に落とせばいいのか?と。
男は何度も頷いた。あいつが地獄に送れるなら、後はどうなっても良い、と。
確認した後、小人は「わかった」とだけ言って消えた。
それを聞いた男は、満足げに笑うとその場に倒れ込んだ。

男が目を覚ますと、テレビでは元居た会社のニュースが流れていた。
新しい取引先を見出し、新規事業が大当たり、株価がストップ高で更新した、と。
自分をリストラしたあいつが、今テレビで笑っている。
愕然とし、男はもう一度地獄に堕ちろ、と念じた。
更に時が経ち、新規事業は子会社を設立、海外に支社を出す話が持ち上がる。
ここに来て、男はもう一度机に図形を描いた。
出てこい、出てこい、約束をはたせ・・
呪いの声はすぐに届き、再び小人が現れた。
男は小人を怒鳴りつけ、テレビのあいつを地獄に落とせ、と叫んだ。
小人は頭を掻き、男にこう言った。
「物事には全て代価と言うものがある、
 だから一人を地獄に落としたければ、一人を天国に送らなきゃいけない」
男は自分を天国に送れ、と言いだした。
自分が死んでも、あいつだけは地獄に落としてやる・・
本当にそれでいいのか?と、小人は何度も確認する。
男はあいつを地獄に、と繰り返すだけだった。

数日が経つと、テレビでのニュースは落ち着きを取り戻した。
あれほど騒いでいた事なのに、元居た会社の話は立ち消えしたかの様に何も言わなくなった。
晴れた日、久しぶりに外に出た男は、自販機の小銭やゴミを漁りながら歩いていた。
拾ったパンをかじっていると、突然嘔吐感に襲われた。
ゴミ箱を見つけ、頭を突っ込んで吐瀉していると、ゴミの中に普段読まない経済新聞があった。
汚物まみれの記事の中、元居た会社の株価を見て驚いた。
ストップ高を繰り返し、気が付けば自分の知っている株価の40倍になっている。
更に嘔吐を繰り返したが、男はその汚物を気にせず、新聞を掴んで家に帰った。
電気もガスも、水道すら止まり悪臭の漂う室内で、男は蝋燭を灯す。
出てこい・・・出てきやがれ・・
自分の切れ端は既に見あたらず、指の瘡蓋を剥がして図形を書く。
さっさと出てきやがれ・・
呪うように叫びながら図形を書いていると、後ろから声が掛かる。
図形が完成していないに係わらず、小人がそこに現れていたのだ。
一瞬怯んだが、男は小人に掴みかかり、小人の無策を罵った。
首と胸を締められていると言うのに、小人は涼しい顔を変えようとしない。
一頻り男の罵りが終わると、小人がその手をそっと男に向けた。
すると一瞬の時を置いて、男は後ろの戸棚まで吹き飛んだ。
何が起きたか判らない男を見ながら、小人はテレビの横にちょこんと座る。
足を組み、自分の襟に付いた血糊をティッシュで拭くと、今度は男に投げ渡した。
汚れるから拭け、と言うと、小人はテレビをコツンと叩いた。
ボワァとネズミ色の光が灯ると、小人は男に話を始めた。
「お前が地獄に落とせと言った男、俺は間違いなく地獄に落としたぞ
 見て見ろ、こいつは既に生きる屍だ 自由なんてどこにもない
 いつもいつも仕事仕事に追われて、寝ても醒めても仕事だ
 偶の休みも家族サービス、接待ゴルフに部下との親睦
 趣味でやってる事だって、ほとんど仕事関係で始めた事ばかり
 老後に自由を得ようとしても、そのころには体が動かない
 結局ベッドに縛られて生きるだけ、なんと自由のない地獄な事よ」
しれっと小人は言い放つ。
しかし、テレビに映し出された姿は、走り回り、汗を流し、頭を下げる姿の他は子供達と楽しく遊ぶ姿、飲み会で騒いでる姿、ゴルフ場で歓談する姿ばかりだ。
更にベッドで寝ている年老いた姿の周りには、多くの人が泣き崩れている。
およそ男の思い描いた姿とは真逆の光景だった。
忘我、もう男には何をする気力すらなかった。
テレビの色が変わり、今度は暗い景色が浮かんでいる。
画面を見て、小人は男に優しげな声で告げる。
「悪魔って言うのは、とても契約には厳格なのよ
 だから約束通り、あんたには天国に行って貰う事にしたから」
テレビに浮かんでいたのは、海外にありそうな十字形の墓石の並んだ墓地だった。
あいつは死んでない、俺はまだ死にたくない・・
こんな契約は無しだ!と叫んだ瞬間、男が目を開くとそこはテレビの中にあった墓地の中だった。
遠く近くでカラスの声や猫の声、蛙の鳴き声が響いてくる。
月もない夜の墓、漆黒の闇の中で唯一の灯りは、十字墓石に座った小人だけ。
青白い小人に手を掛けると、それは単なる操り人形だった。
糸のない操り人形は、ポンっと男の手から飛び降りると、少し離れた墓石の上に走っていく。
その墓石の上には、闇夜よりも黒く禍々しい塊が浮いていた。
その塊から声が響き渡る。
「天国は良い所だよ
 苦しみも、悲しみも、痛みも悩みもない
 他人に煩わせることも、お金に困ることもない
 他の人と比べられたり、違っていても文句も言われない
 食べる物にも煩わされず、歯だって磨かなくても良い
 だって息をする必要もないからね」
黒い塊の居た墓石の下から、石で出来た棺が盛り上がってくる。
ごとりと石の蓋が土に落ちると、何も入っていない棺が立ち上がった。
「さぁ、天国がお待ちかねだ」
嫌だ・・・死にたくない・・
男が後ずさりすると、後ろから頭をつつく物がある。
振り返ると、そこには真っ赤な目をしたカラスが居た。
カァと大きく一鳴きするだけで、男は後ずさりを止めた。
その足下には、数百、数千の数え切れない蛙がはね回り、墓石の上には猫が群を成している。
空の黒さに溶けた無数のカラスに追い立てられ、逃げるように男は棺に飛び込んだ。
ゴトリと大きな音がして振り返ると、背中側に大きな壁が出来ていた。
どすんと横倒しにされた時、棺に蓋がされたのだと気が付いた。
出してくれ、こんな事望んじゃいない・・
叩いても音が外に漏れることはない。
分厚い石の蓋が、その音を外に決して漏らそうとしなかった。
逆に外の音だけは伝わってくる。
誰が外にいるのか判らないが、棺が持ち上げられ、だんだんと降ろされていく。
ボトボトと音が響く、土を掛けられている様だ。
やだよ・・・死にたくない・・・
声がだんだん小さくなる。
そして土を掛ける音も無くなった。

新聞に二つの記事が載った。
一つはある企業を立て直し、成長を続けていると言う男を特集した経済面の記事。
もう一つは、部屋で変死した男の三面記事だ。
場所も内容も、取り上げられ形も違うこの二つの記事、共通点は同じ会社の人間だと言う事。
経済面で特集された男は語る。
「協調性が無く問題も多い それでも我が社の一員に変わりはない
 原因を追及し、犯人が居るなら早く解決することを願う」
同じ事件を取り上げた週刊誌にはこう書いてあった。
「この時代に呪い、恐ろしき逆恨み」
自分が起こした問題を失跡された為、突然会社を無断欠勤した男が呪術で誰かを呪っていた、と言う。
各週刊誌は挙ってこのオカルトティックでショッキングな話を取り上げた。
だが、どの紙面も結論に達することは出来なかった。
そんな記事を読みながら、古道具屋の店主はため息を一つ付いた。
ティッシュでメガネを拭き、屑籠に投げる。
壁にあたり外れて落ちた棚に、男が買った本が再びベルトを掛けられて置いてあった。
「人の話を聞く、それが出来たらあいつの未来は違ってたのにな・・」
息を吹きかけ、まだ汚れの残るメガネを拭こうとした時、ティッシュが無いことに気が付いた。
新しいティッシュを取り出し、空の袋を広告ごと握り潰すと、再びゴミ箱に投げる。
今度はその本にあたり、ゴミは屑籠に落ちた。
屑籠の中、広告にはこう書かれていた。
「ご利用は計画的に」と。




※この小説(ノベル)"正しい悪魔の使い方"の著作権は佐伯夢村さんに属します。

この小説(ノベル)の評価
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深い 1
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この小説(ノベル)へのコメント (2件)

如月 玲慈

'10年1月17日 19:15

この小説(ノベル)を評価しました:深い

とても、良い作品と思います。
多面的な物の見方、シンプルな構成、エンディングと
伏線。
かなり完成度が高い作品構成に感じ入りました。
                      如月

佐伯夢村

'10年3月23日 23:08

放置申し訳ない、コメントの存在に気が付いてませんでしたw
コメント感謝
如月 玲慈様>
実は駅で貰ったティッシュに書いてあった「ご利用は計画的に」という文字
それがスタートの「ワンアイディア」で押し切った物です、これw
シンプルですよね、それだけで書いた物でw

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