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作:
花のありす
1945年7月9日2時50分僕は死んだのかもしれない。そして宇宙は始まった。これはその宇宙の僕と彼女の小さな小さな物語である。
1945沖縄
近づく弾幕、揺れる機体。VT信管、たちこめる白煙、これは完全に標的をとらえてはいない。惑わされてはいけない。操縦幹を握りしめる。一式陸上攻撃機の胴体下部に牽引するロケット推進の特別攻撃機、「桜花」有効射程40キロメートル時速○○キロメートル、発進後目標到達まで2分弱の道のり。雲間を母機とともにくぐりぬける。死線を共にくぐり抜けてきた仲間たち。まだ先へと運ぼうとするのだろうか。彼らには必ず祖国へと帰りついてもらいたい。今は唯祈る。敵のピケットラインは通過している。目指す空母まではあとどれくらいだろう。これ以上母機を近づけるのは危険だ。電信管を通じてもう切り離すように伝える。
なかなか返事が返ってこない、もどかしい時が流れる。
眼下には機動部隊の群生が広がっているはずだ、それともまだその輪が見えないのだろうか。彼らの指示を待つ、あまりこちらから声をかけると迷惑なのかもしれない。目を閉じる、一心同体一つの目標に向かって突き進む。早く切り離せば生きて帰れるものを何をためらっているのだろう。ここまでくればもう大丈夫だからともう一度伝えてみる。
応答なし。
機体がガタピシと音をたてる。今切り離せばもう一回つれてこれるのだからともう一度伝えてみる。分かったという合図だろうかコンコンと音がなる。続いて「言ってこい」と機長の声。僕はありがとう行ってきますと伝えると操縦幹を握りしめた。
さあこれからは自由に飛べる。もっと速くもっと美しく。視界は青。海の青と空の青が目に鮮やかに飛び込んでくる。全てがクリアな世界であってただ美しい。海のきらめき、空の広がりこの空間を駆ける喜び。ちらっと振り返ると急旋回する一式陸攻の日の丸が僕のハチマキにはしっかりと焼き付いている。さようならと遠ざかる彼らの力が僕の力であり僕はその結節点へと大きな弧を描いて向かうのだ。ただ速く加速し続けるには美しくきれいな軌道を描かなければならない。それは作るものではなくて存在しているのであってその存在にゆっくりと合わせていく。高度はグングンと下がっていき距離もどんどん近付いていく。その先に何があるのだろう。目指す敵空母にはたどり着けないかもしれない。だけれどもそれは私一人の力ではどうすることもできないのであって許してもらいたい。それでも可能な限り飛んでみる。ここには私一人でなくて後に続く仲間がいる。彼らを信じて僕も飛ぶ、いや彼らが切り開いてくれた道を僕は飛ぶ。
曳航弾、10発に1発光る弾丸が含まれていてこれが標的との距離をはかるしるしとなる。光の輪、光のループ。半回転、回転。見えないのではなくてあるのであって確かに存在するものを冷静に確認しクルクルとダンスを踊るように回転を終える。さらに先へ低く海面すれすれを突き進む。海の力を感じる。これ以上、下にはくるなよと言っているかのようだ。翼は安定している。ここまで高度を下げれば敵の死角に入りこんでいるのは間違いない。あとはただ真っ直ぐにフルスロットルでエネルギーを完全燃焼させる。時速は分からない。メーターは振り切っている。ようやく到達し終えたこの瞬間、最高速、僕とこの機体と僕を運んでくれた全ての人の力が一つになって到達した奇跡。
今はただ真っ直ぐに目標を見定める。さらさらと涙があふれてくる。涙ってこんなにあたたかいんだ、やさしいんだ、物をきらきらと輝かせてくれるんだ、美しいと感じさせてくれるんだ。やっぱり世界は美しいんだ。木々のざわめき風のきらめき葉のそよぎ。この涙は僕が今まで目にした多くの人たちの目にあった涙と何もかわらない。だからもう泣いてもいいのかな。ごめんね。ドンという空気の波動がコクピットに伝わってくる。ワラワラと先を争って逃げる人の群れ。上手く説明できないけれど泣きたいときには泣けばいい。皆生きることに必死なんだ。錯誤と錯誤のぶつかり合い、この戦いはじきに終わりいつかくる平和な時代にはこのような人と人との錯誤の歴史、そんな時代があったねと笑って話せる日がくるのかもしれない、きっときてほしい。彼女の笑顔、彼女の瞳、プラットホームで僕の帽子を目深にかぶって子供のように嬉しそうにしていた君の姿、君の瞳は本当にキラキラと輝いていた。そしてずっと僕の側にいてくれた。ありがとう。今は何も苦しみはないよ、ここはとてもいい。僕はそっと目を閉じた。あたたかな光を感じてやさしさにつつまれていた。
桜花抄
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