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ガチャン。
わたしの手は、ナンバーリングを握っていた。
1124、1125、1126。
指定された用紙の右肩に、わたしはナンバーリングを打っている。掌がややしっとりと汗で湿っていた。
金属的な音がガチャン、ガチャンと室内に響く。
冷房は入れてあるはずなのに、なぜこんなに暑いのだろう。小さな事務所だから、電気代の節約でもしているのだろうか。
なんだろう。わたしは何か大切なことを忘れている。
思い出さなくてはいけないのに。
いつも絵筆を握っているはずの、わたしのこの手が、不器用に、かすれたナンバーを紙の上に捺していく。
1133、1134。
ガチャン、ガチャン。響き渡る無機質な音。
忘れているのは、菫崎くんのことだっただろうか。
でも思い出さなくてはいけないこととは違うような気がする。もっと重要なことが別にあった。
わたしはナンバーリングを打ち続ける。
1141、1142、1143、1144……。
「藍沢さん。ちょっといいかな」
深森先輩の声がした。わたしは我に還る。
先輩が、回転椅子に寄りかかりながらわたしの方を振り返る気配がした。
わたしは手を止め、顔を上げながら少しメガネの位置を直した。
「はい……?」
胸元できちんと締められたネクタイを見て、暑くないんだろうかとぼんやり考えた。
――深森先輩、少しやつれたみたい。きちんと睡眠とっているのかな……。
「藍沢さん、ナンバーリング、どこまでできた?」
「1148までですけど」
「そう。……あのさ、ちょっと手を休めて、銀行、行ってきてくれないかな。この小切手、うちの会社の口座にそのまま入金する手続きをしてきてほしいんだ」
先輩の示した小切手の額面を見る。少しばかり大きな桁だったので驚いた。
「銀行……ですか」
そんな重要な仕事を、たかがアルバイトのわたしが引き受けていいのだろうか。
けれど、断るわけにはいかないような気がした。
「はい、わかりました……」
わたしはおずおず立ち上がって、深森先輩からその小切手や通帳を受け取った。
先輩の指がわたしの手に触れる。
深森先輩の体温を、一瞬だけ感じた。
クラスメイトの鴇田くんのことが頭の隅をかすめていく。
※この小説(ノベル)"夏の停止線"の著作権は第1回みんなのライトノベルコンテスト作品さんに属します。
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