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夜、夕食を終えた少し後に、深森先輩からメールがあった。今、桜本の邸の前にいる、という内容だった。
驚いてわたしは玄関の扉を開けに行った。
扉の向こうに立っていたのは、確かに深森先輩だった。
「あ……ええと、兄さん。びっくりしました」
「こんばんは、鈴菜。突然ごめん」
「いえ。いいんですけど。何かあったんですか」
「桜本の現当主に、会えないかなと思って。……病気なんだって?」
はっとする。その情報をどこで得たのかはわからなかったけれど、深森先輩にとっても本当の父親なのだから、容態が悪いと聞けば気にかかるのも無理はないだろうと思った。
ただ、先輩は心配しているというよりも、何か決意しているような表情に見えた。
そのときちょうど玄関ホールを執事の浅葱さんが通りかかるのが見えた。
「あのっ、浅葱さん」
「はい。なんでしょうか」
浅葱さんが返事をしながら玄関扉に近づいてきた。
深森先輩がはっとしたように浅葱さんの顔を見る。
「父の部屋に、先輩を案内してもいいですよね。あの、お見舞いなんですけど」
浅葱さんにどこまで事情を話したらいいかわからなくて、あいまいな言い方をしてみる。
「鈴菜お嬢さまの判断で決めてしまって、かまわないのではありませんか」
「あ、はい、そうですよね。それじゃ先輩、こちらです」
わたしは深森先輩を階段の方へ導こうとした。
そのとき、浅葱さんが会釈してその場を去ろうとするのを、なぜか先輩が引き止めた。
「浅葱さん、とおっしゃるんですか。よろしければ案内をお願いします。鈴菜は、立ち会わなくていいからね」
「え……」
わたしは階段を昇りかけていた足を止める。
「わかりました。私でよければ、ご案内します」
浅葱さんが深森先輩を導きながら階段を昇っていく。
「あの、でも」
わたしは階段を昇りきるあたりまでついていったけれど、深森先輩の様子でついてきてほしくないのかなと感じ、そこまでで立ち止まった。
深森先輩と浅葱さんが廊下を進んでいき、父の部屋の扉の中に消えるのを確認する。
そうして、あれ、と思う。
浅葱さん、深森先輩を案内するだけなら、部屋の中まで入る必要はなかったはずなのに。
奇妙な違和感を感じた。
考えてみると、深森先輩は浅葱さんの顔を見て驚いたような表情を一瞬だけしたような気がする。
知り合いだったりするのだろうか。
しばらく2階の廊下をうろうろしていたけれど、やはり気にかかるので、結局父の部屋の前まで行った。
扉をほんの少しだけ開けて、聞き耳を立ててみる。
「……以上のことから、俺なりに組み立てた仮説があるんです」
深森先輩の声だ。眠っている父に向けて語っているの。それとも……?
「ここは『奇蹟の力』によって生み出された作り物の世界。そうなんじゃありませんか」
先輩……兄さん、何を言っているの。
「この仮の世界に『向こう側』から自分の血を分けた娘やその周辺の人々を連れてきて、夏の終わりまでのその限られた期間の中で生活をさせて、それでどうするつもりなんです」
返事は何もない。それは当然だろう、父に向けられた言葉なら、父は医療機器に囲まれて意識がない状態にある。
向こう側って何? 誰かが同じことを言っていた気がする。あれは……。
「あなたの命が夏の終わりに尽きる、そのことと深い関わりがあるんですよね。答えてください、桜本浅葱さん」
……え?
浅葱。浅葱って、執事の浅葱さんのことだ。浅葱さんの苗字が、桜本?
「それとも、おとうさん、とお呼びしなければだめですか」
「……きみを少し甘く見ていたようだ。いや、むしろほめるべきなのかもしれないね。さすが、わたしの息子だ」
浅葱さんの声がした。
※この小説(ノベル)"夏の停止線"の著作権は第1回みんなのライトノベルコンテスト作品さんに属します。
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