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「貴様の顔は気に入らぬ、その目、その顔、我を封じた奴の顔よ!」
炎帝の右手が外側に向けて鋭く振り出され、その勢いで火柱が冬海へ向かって放たれた。
冬海はなんとか身を翻しかわしたが、菜々が炎の進行方向にいることに気付いて駆け戻り、炎帝の炎の衝撃をまともに食らってしまう。
「うわぁっ!」
「自らの身で守るとは…だが、いつまで続くか」
炎帝は次々と衝撃波を放つ。すさまじきパワーが空を裂いた。
両手を交差させ“力”を巡らせることで自らの身をかばい、その体で菜々をかばう。だが、所詮は帝鬼と人。力の差は歴然だった。
冬海の体に幾筋もの赤い線が走る。
「水城の幼き者よ、なぜ避けない。所詮その娘は鬼の姫ぞ!」
抵抗を続ける冬海の姿に、紅炎は戸惑いの表情を浮かべた。
「彩姫なんて関係ない!早川は早川だ!」
「愚かなそれを愛ゆえと言うつもりか。貴様の体はもはや限界、消し去ってくれる!」
衝撃波がさらに威力を増す中、冬海は耐え続けた。
「…じゃない」
炎帝の力をかろうじて跳ね返しながら、冬海の口が言葉を紡ぐ。
「何?」
「愛じゃない!俺は愛だ恋だなんて分からない。それでもただ!
俺はただ、菜々を守りたいだけだ!」
菜々の体がびくりと震えた。
『守るよ』
『信用する』
『あら、水城くんが守ってくれるんでしょ?』
そう言ったのはいつだった?
そう言ったのは誰だった?
『ならば、妾は誰が守るのじゃ』
そう言ったのはいつだった?
そう言ったのは誰だった?
彩は古より続く鬼の一派“白砂(びゃくしゃ)”の姫である。古くは白蛇の化身を祖先とする妖で、白砂一族は丁重に奉じられて来た。奉じれば災いを避けて幸運をもたらし、疎かにすれば祟って災いをもたらす。
人間とは別の階級制度を持ち、着かず離れずの距離を保って共存してきたが、幕藩体制がそのバランスを崩そうとしていた。
人間による統治が進んでいく中、桁外れた能力を持つ鬼が次々と誕生したのもバランスを欠いた一端だった。自らの一族の中に王を立て、人よりも優れた能力で人を支配しようとする鬼が出始め、その溝は次第に深まっていく。
「珀斗…」
『彩殿』
ああ珀斗だ。のんびりしたこの水の町で、最ものんきな妖だった。
女と見まがうほどの美貌でありながら、本人はとても控えめな性格で、はにかみながら笑う顔が妾はとても好きだった。
『人間に生まれ変わりたい』
それが珀斗の口癖だった。
明から渡ってきた僧に使役された妖だった。もとは蛟と呼ばれる角を持つ蛇で、水龍の系脈である。僧独立(どくりゅう)に『水城』の名を与えられると共に人の姿に固定され、町の守護者として定義づけられた。
彩には、その口癖は理解できなかった。人は人、妖は妖である。彩の父は人を支配する白砂と、人に使役される水城は別物だと言うが、いずれも妖には違いない。いずれも人とは相容れぬ存在なのだ。
「珀斗が白砂に刃向かった!?そんな馬鹿なこと、珀斗は妾の」
「既に珀斗征伐の連隊が出兵いたしました。いかがなされました?彩姫様」
川を流れる水、涼やかな風。
『ろくな神通力も持たぬ人間になぞ、何故憧れるのじゃ?』
『神通力がないからこそ人間でしょう。だからこそ彼等は、短い生命を真っ向から見据えてもがき続ける。憧れるのです、あの心の熱さに。ひたむきさに。
私は神通力など持たぬ、人間として生まれ変わりたい』
『珀斗殿は下らぬことに憧れるのじゃな。神通力がなければ、戦うことも出来ないではないか。人がなぜ白砂を遇すると思う?我らに神通力があるからこそのこと』
『戦は好きではありません、いっそ戦う必要がない世界になればいい』
『ならば、妾は誰が守るのじゃ?
そなた妾を守ると申したではないか、約束を違えるつもりか』
拗ねた様に言う彩に、珀斗は笑い出した。
『何がおかしいのじゃ』
『ならば、姫を守るときだけ神通力が取り戻せるように、生まれ変わりましょうか』
『……それならば…』
それならばよい。
『あら、水城くんが守ってくれるんでしょ?』
泣き出しそうなほど怖かった。だけど、それを正直に表に出せなかった。おどけて言った言葉に、真面目に「ああ」と答えてくれたのは…
ゆっくりと菜々の瞳が開いた。
そう言ったのは……彩。菜々。
そう答えてくれたのは……珀斗。冬海。
スライドのように顔が入れ替わる。
冬海はこんな風に笑ったことはない。
「珀斗?」
「ぐあっ!」
自分の目の前で、炎に耐えている人の背中が見える。
「大丈夫だ」
そう言って彼は僅かに微笑んだ。決してそれ以上を言わない。
菜々は自分の体に、擦り傷程度しか傷がないことに気付いた。そして、目の前の冬海の体にある無数の傷と火傷の痕を。
涙がこぼれた。
(珀斗じゃない。珀斗じゃない。この人は…)
「冬海!」
菜々は冬海の背中に抱きついた。真っ白な閃光が走る。
光の勢いに炎帝の炎さえ押し戻される。閃光がゆっくりと消え、菜々の体が柔らかな白い光で包まれた。その光に反応するように冬海の胸に淡い緑の光がともる。
「冬海」
「菜々?大丈夫なのか」
「うん…夢を見てた……あたしが彩だった夢…まだ頭の中がはっきりしないくらいリアルな夢…」
冬海の胸の光と同質な光が隆也、大樹の胸にも灯っていた。とまどう炎帝達を後目に三人が菜々達の元に駆け寄る。
「なんだこの光」
隆也がシャツのボタンを外す。
「龍鏡」
「僕のは龍角だ」
胸元に差し込んだ三龍宝の袋が、ポウッと淡い光を放っている。
冬海はあわてて、自らの胸元から同じく緑色の光を放っている守り袋を取り出した。
「珀斗の形代が奴らを守っていたのか。そうでなければ私との戦いで、とっくに命を落としていたはずだ」
蒼炎は言いわけがましく言った。
「彩姫よ!目覚めたのなら調度良い、そいつらを殺し、我が元に来い」
炎帝の威圧感のある声が響いた。
「三百三十年、我らの封印を開くこともせず、水城と通じるなどなんたる裏切り。
我を始めとする数多くの同胞に、そなたは贖わねばならぬ。こちらに来い!」
「呪を掛けようとしてるわ、目を見ないで、菜々さん!」
「もはや遅い!来い彩姫!」
勝ち誇ったような炎帝の声に応じるように、菜々は立ち上がった。
「菜々!なんてこった、つくづく暗示に掛かり易い奴だな!」
「うるさいよ隆也!あたしがなんだって言うのよ」
「へ?」
「だいたいさ、あんたもしつこいのよ。人のこと彩、彩って。
あたしは早川菜々、そんな名前じゃないんだから」
「我の術が効かぬ?
彩!またも一族を裏切るのか、お前の父はれっきとした鬼。人間に使役されていた水城一族とは相容れぬ身なのだぞ!」
「べーっ!」
菜々は特大の『あかんべえ』を炎帝に投げつけた。
意識を失ってから、短い夢を見ていた。覚醒しかけた彩の記憶がゆっくりと菜々の中に染み込みつつある。
彩は鬼の王を父に持つ鬼の姫だった。だから、この額に浮かぶ紋は紛れもない鬼の紋だ。反乱を起こした水龍珀斗の為に一族を裏切った鬼姫。だけど後悔はしてなかった、彩は珀斗を信じていたから迷わない。迷えばまた、それを付け込まれることになる。
「前世なんて関係ない、彩の父親が鬼だなんて関係ない!かつては白砂も人間に奉じられていた一族。水城一族だってもともとは妖だった!鬼も神も同じなのよ。神通力も妖力も同じ、どちらも異端な力を持った者達を呼んだ人間の言葉!ただ、その力の生かし方が違っただけだわ!」
力を求めて人を殺し始めた白砂と、それを止めるために戦った水龍。人々は前者を“鬼”と呼び、後者を“神”と呼んだ。
「彩…裏切りの姫よ、この時代になお我らを裏切るのか!」
・・・・・・・
「人柱しかなかろう」
「悲願の橋も流れた、この川に橋を建てるにはもう他に手立てがない」
年かさの大工達の言葉に児玉は黙り込んだ。
十年以上の年月を掛けて設計したアーチ橋は優美で美しく、味方の軍勢が上を駆けても落ちず、敵の軍勢が上に乗れば杭一本を引き抜くことで川に落とすことが出来る。完璧に近い自信の橋だった。だが完成から八ヶ月経たずに橋は流れた。
設計でなく呪いに頼るのは児島の自尊心が許さなかった。ましてや年若い娘の命を犠牲にして、それでも橋が流れたらどうするのか。
俯く児玉に一人の青年が声を掛ける。かつて独立禅師と共にこの岩国を訪れ、そのままこの地に残った浪人の青年である。
「もう一度設計をやり直してはいかがですか」
「何度も計算はした!だが橋は持たない」
「橋台だ!橋台の強度を上げるためには、人柱を埋めるしかない」
「人柱などに意味はない」
実は呪術に長ける青年は人柱の効果について熟知していた。人の命を捧げてその人間をその場の“神”に仕立て上げることで、場を守らせようとする呪術だ。
だが、この呪いは効果のある期限が限られていることを理解している人間は少ない。
「ただの人間を人柱にしたとしても、効果はせいぜい一年間しかない。その後は毎年、次の神となる生贄を捧げ続けなければならない。
そのような血塗られた犠牲はこの美しい橋には相応しくありません」
「だがどうすればいい?白砂の攻勢も激しさを増している。岩国の町と城のある横山を繋ぐ橋がなければこの藩の生活は崩れるのだ」
焦りが募れば、いずれは児玉の娘を人柱にする話も出てくるかもしれない。
「問題は水の流れだと思う。流れを制御するために、川底の工事を進めている」
「児玉殿、それだけでは不安になった民の心は治まるまい」
期待していた橋が短期間で流れたことで、城下町の住民には『この川には橋は架けられないのだ』という絶望感が募っていた。
「民の心を治めるためだけに人柱を埋めるつもりですか」
もはやこれは決定だった。
工事に関わる彼らが集まっているのは、今後の工事の話ではなく『誰を人柱にするのか』を話し合うためだった。
「ならば私が人柱になりましょう」
青年は怒りに顔を赤らめて言った。
「水城殿!?そんな、独立禅師の弟子である貴方を人柱にするわけには行きません」
「では誰ならば人柱にしてもいいのですか」
穏やかに言い切る言葉に反論する者は出なかった。
独立禅師の弟子とは言え、水城は余所者である。好都合ともいえる申し出だったのだ。
※この小説(ノベル)"彩姫封魔伝(さいひめふうまでん)"の著作権は第1回みんなのライトノベルコンテスト作品さんに属します。
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