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「なんだ。結構元気じゃない」
口性ない連中の興味半分の視線も気にならなかった。昨日の悪夢が現実ではないように思える、いっそそうであってくれれば良かったのだ。
教室の中はガランとしていた。
半数近くの生徒が自主休校を決め込み、残りの出席者も授業どころではない。教室の中心にぽつんと席に着いた菜々を遠巻きにして、ちらちらと視線を送っている。
「あたしのせいだ」
数百も繰り返した言葉をまた繰り返す。繰り返せば繰り返すほど、その事実が胸の中で大きくなった。組み合わせた両手を、指先が白くなるほど硬く握りしめる。
『連続猟奇事件の新しい犠牲者は一夜で白骨と化した』
センセーショナルな事件だった。捜査担当の刑事二人が、肉片で発見されている。
出来ることなら学校には来たくなかった。しかし、担任からは、
「余計な勘ぐりをされないためにも、絶対に出席しなさい」
という言葉しか投げられなかった。
「どうして俺のクラスでばかりこんな犠牲者が出るんだ」
恨めしそうな声が、受話器の向こうから聞こえる。
「心当たりがあるなら全部言いなさい」
そう言いながら、鬼に襲われたと言ったとたん、受話器の向こうで失笑しているのが伝わってきた。仕方なく「すみません…」と受話器を置いた。何を謝ったのかは分からない。ただこれ以上声を聞きたくなかった。
「一人だけなんにもないのって変だよね」
「鬼に襲われたって言っているんだって」
「頭おかしくなっちゃったんじゃないの」
クスクス笑う声が漏れる。
「恐怖で頭がおかしくなったのならいいけど」
「どう言うこと?」
「新聞に載ってたよ?『この事件はまともな精神の人間のすることではない』って」
「そんなこと言ったら悪いよ。グループの友達全部死んでいるんだから」
グループを作っていたつもりはないが、自然親しい友人の群ができる。菜々の親しかった友人は全員事件の犠牲者となり、今、菜々の側には誰もいない。
「あのグループじゃなくてよかったーって感じ?」
そんな言葉を遠い意識の隅で聞いていた。
逃げてしまいたい衝動を、責任感が抑制する。
学校の中に逃げ場などないことを、身を持って知っていた。
「でもさ、第一発見者が一番怪しいって言うじゃない」
「第一発見者の三乗だよ、超怪しいってやつ?」
笑い声がどこかヒステリックな響きを持っている。生徒達も怯えているのだ。
得体の知れない事件が身近で起き、最も怪しい人物が目の前に居る、好奇心と同時にわき上がる疑心。
「じゃーん。早川さん取材に協力して貰えますか?」
にわか報道記者が、おどけた調子で近寄った。手にはマイクのつもりか筆箱が握られている。ピリピリしたムードに飽きていたのだろう。教室のあちこちから歓声が上がる。
「あなた、本当に犯人の顔を見ていないんですか?」
テレビレポーターの様に数人が殺到した。
「鬼なんて、真面目に言っているんですか?」
「友達が死んだのに、随分冷静ですね」
ぼうっと、菜々は彼等を見渡した。
心が麻痺していると言っていい。哀しいこと切ないこと悔しいこと、全てが本当だった。本当すぎて、全てを感じることができない。一度に受け止めてしまえば、正気を保てないことを、本能的に悟っていた。
「鬼なんて作り話なんじゃ無いんですか?」
(嘘だったなら良かったのに。あれが全部夢だったら……)
「あなた犯人を庇っているんじゃ…」
「実はあなたが犯人…」
彼等のレポーターごっこは途中で止まった。
顔面目がけ飛んできた黒板消しから、パフンと白いチョークの粉が立つ。
「ダイダイ、きさま!」
「お前ら馬鹿だ!あれが人間のしたことだって本気で思ってるのか?何も知らないくせに調子に乗るな!」
「大樹よせ、お前が感情的になる事はない」
「だけどこいつら」
じたばたとなおも暴れようとする大樹を、隆也が後ろから抱え上げて抑える。
「お前は何か知ってるっていうのか」
動けない大樹に、にわかリポーターの一人が食ってかかった。彼の顔はおしろいが塗られたように白くなっている。
「“鬼”だよ!本当に“鬼”だったんだ!!」
「そんなこと信じられるかよ!」
「信じないのはお前らの勝手だ!!だけど菜々ちゃんを責めて何か解決するのか?怖いのは…哀しいのは、菜々ちゃんの方がお前達以上なんだぞ!!」
「……ダイ…」
大樹の瞳が、涙ぐんでいるように見える。
「下衆に構うな」
宥めるように頭に手を置き、冬海は切るように言い放った。そのまま本当に切り捨ててしまいそうなほどの殺気に満ちている。
教室中が水を打ったように静かになった。影で聞こえていたクスクス笑いも消えた。
(確かに怖いんだよね、水城くんの口調って。無慈悲さが声に出ているというか…この口調がなんか偉そうでむかつくというか。)
『水城くんはいい人だよ』
(うん。男を見る目は、亜弥の方が確かかもな。)
菜々の左側から机の上に右手をつき、冬海は無言で周囲を威圧した。無愛想なだけでなく、脅す気で威圧しているのだから睨まれた方は本気ですくみ上がった。隆也は菜々の右後ろに立ち、左手をそっと肩に置く。大樹はにわかレポーター達から菜々を遮るように机の前に立ちはだかる。
『ダイダイくん、絶対いい男になると思うのー』
亜弥の声が甦る。
(…そうかもしれない…。右肩に置かれた隆也の手が暖かい。ダイの背中が広く見える)
涙が数滴、ぽろりとこぼれた。机に置いたノートの上に、丸くシミを作る。
「菜々ちゃん泣かないで」
「…あ…あれっ?やだ涙がとまらない」
「行こう」
ふわりと菜々の体が浮いた。
軽々と菜々を抱え上げた隆也に、大樹が「僕が抱くっ!」と食い下がったが、「お前には無理だ」と相手にしてもらえない。
「歩けるよ」
「涙で崩れた顔を、みんなに見せたくないでしょ」
濡れた頬に、額に唇が触れた。
菜々の顔が一瞬で赤く染まる。
「こんな状態で抱えられる方がずっと恥ずかしいじゃない!」
「そっかな、オレは恥ずかしくないけど?」
(そう言って、にこっと微笑むなっ!うっわー、背中が寒くなるーっ!)
なんとか逃げようと暴れても、抱きかかえられている分、体が思うように動かない。諦めるか開き直るしかなかった。
見物人が鈴なりの廊下を、隆也はいかにも楽しそうにひょいひょいと走る。その顔を見上げ、行き先を聞いた。戻ってきた答えに菜々が再び暴れ始める。
「冗談じゃない、下ろしてっ!このまま校長室に入る気!?」
「校長どんな顔するかなぁ」
※この小説(ノベル)"彩姫封魔伝(さいひめふうまでん)"の著作権は第1回みんなのライトノベルコンテスト作品さんに属します。
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