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深呼吸しながら、わたしはこの間と同じように病院の廊下を歩いていた。
深森先輩の……兄さんの言葉に支えられて、わたしは再び鴇田くんのお見舞いに行こうと決心した。
今日は果物を持ってきた。豪華な籠入りのものはお小遣いでは買えなかったので、八百屋さんで用意してもらった茶色い紙袋を抱えている。
鴇田くんのいる病室の入口が見えてくる。
今日は廊下がやけに静かだった。鴇田くんの病室から人の話し声がまったく聞こえてこない。
わたしは思い切って目的の病室に足を踏み入れた。
三人部屋の一番手前が、鴇田くんのベッドのはずだった。そこのシーツが少し乱れた状態のまま、空っぽになっている。
鴇田くんの姿がない。
ベッドを間違えたのだろうかと思い、窓際まで進み出た。隣のベッドはきっちりとベッドメイクされた状態で無人だったし、窓際には腕に包帯を巻いたお年寄りが、点滴を受けながら横になっているだけだった。
慌ててわたしは廊下に戻り、病室のナンバーとそこに表示されている名前を確認してしまった。
鴇田くんの名前はきちんとそこにあった。
呆然と、鴇田くんの空のベッドの前で立ち尽くしてしまう。どこへ行ったんだろう。
ひとまず手にしていた果物の袋だけ、出ていた丸椅子の上に置いた。
花瓶の水を替えに行っていたと思われる中年の女性が、病室内に入ってきた。そのままわたしに会釈して窓際のサイドテーブルに花を置く。
「あの、すみません。ここのベッドの人は……」
「ああ、あの男の子? 最近あの子は、この時間、表を散歩しているようよ。ほら、あそこ」
中年の女性が、窓からやや西寄りの病院の庭を指差した。
いくつか植え込みが並んでいるあたりのベンチに、病人らしき人物が坐っている。
短めの髪と、色黒の首筋。鴇田くんだ。
「鴇田くん、歩けるようになったんですか」
「なんか松葉杖つきながら、最近よく歩いてるようよ」
そうだったんだ……。
「ありがとうございました」
わたしはぺこんとお辞儀して、病室を飛び出した。
思ったよりも、元気になってる? 回復してる?
鴇田くんの脚は、もう大丈夫……?
小走りにそのまま病院の正面玄関を出て、西側の庭を目指して進んだ。
病室から見えたベンチを確認できた。鴇田くんの後姿が見える。
「鴇田くん……っ」
走りながら、声を出した。
はじけたように、鴇田くんが振り返った。わたしの顔を見たとたん、慌てたように立ち上がろうとした。
そのとたん手にしていた本のようなものをばさっと地面に落とした。
「あっ、大丈夫?」
わたしは鴇田くんのベンチの正面に回って、その落ちた何かを拾おうとした。
「いや、ばか、いいって。自分で……」
鴇田くんがどこかパニック起こしたような様子で、松葉杖を頼りながら急いで屈み込もうとする。鴇田くんの左足の脛は包帯がぐるぐるまきにされていて、うまく膝を曲げられないようだった。
鴇田くんの身体がぐらつくのが見えた。
「危ないっ」
わたしは鴇田くんを支えようと思って手を差し伸べる。でも鴇田くんの身体は思った以上に重かった。ふいに、地面と空が逆転するような感覚を味わった。
どさっとした振動と、背中に感じる痛み。
「いててっ」
鴇田くんの声が、思った以上に近くから響いてくる。
わたしの身体は鴇田くんにのしかかられていた。身体がぴったり密着して、顔が驚くほど間近に見える。
かあっと頬が熱くなった。
※この小説(ノベル)"夏の停止線"の著作権は第1回みんなのライトノベルコンテスト作品さんに属します。
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