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曇り空。
時間は夜。
一人の青年がぬるい温度の石段で、ぱたぱたとうちわを扇いでいた。
遠くからお囃子の音が涼しい夜気と一緒に流れてくる。
青年はほう、と溜め息を吐いた。つまらなそうに音が流れてくる方に目をやる。が、すぐに足下に視線を下ろしてしまった。
石段のわきからはぼうぼうと木々が生い茂り、夜空にかかる分厚い雲の間から必死に輝こうとしている星達を隠してしまっている。そのせいで辺りは暗く、青年は足下しかよく見えなかった。
青年の周りにあるのは灰色の小石、ざらざらした石段、騒がしい音と共に纏わりつく夜気、そして自分が持っているうちわだけだった。
*
青年はその日の夕暮れ、幼い妹の手を引いて人ごみの中を歩いていた。人から発せられる熱気に顔をしかめたが、自分もその熱を出している人々の一人だということに思い当たり、苦笑いへと変わる。
ふと、繋がれた手が小さな力で引かれたのに気付き、そちらを見る。光に当たったビー玉のような目をした妹がてかてかと親指を光らせながら、とある方向を指していた。そちらの方を見ると、そこにはうちわを売っている小さな屋台があった。
赤い顔をした店主が近づいてきた兄妹に溌剌とした笑みを浮かべる。一つどうだい?と赤地に小さな白い花を散らしたうちわを取り出した。
妹の顔を見た後、一つください、と青年は小銭を差し出す。まいど、という言葉と共にうちわを受け取ると、妹の金魚帯に差してやった。
喜んだ妹が走り出す。
慌てて追いかける青年。
妹の赤い尾鰭が小さな花と一緒に揺れる、揺れる。
青年はそれを追う、追う。
あっ、と思った時には小さな妹は転んでいた。赤い尾鰭から放り出された赤いうちわは茜色の空を舞い、青年の足下にかたん、と音を立てて落ちる。
青年はそれを拾った。
顔を上げて妹の方を見ると、妹は泣いていなかった。いや、確かに泣きはしたのだが、もう泣き止んでいた。青年の両親が、妹を立たせていた。
青年は空を仰いだ。
どこかへ行ってしまいたかった。
*
草木はその荒んだ神社に至る道すらも徹底して隠していた。参拝されることのない社は朽ちかけていて、目も当てられない。
そんな神社の石段に、一人の青年がぱたぱたとうちわを扇いで座っていた。赤地に白い花を散らしたうちわである。
青年はどこか遠くを見ているようであり、また近くの何か見えないものを見ようとしているようでもあった。
青年は口に手を当て、大きく欠伸をした後、もう一度石段に右手をついた。が、直ぐに引っ込めた。なぜなら、手に何かヒヤッとしたものが触れたからである。
その感触により現実に引き戻された青年は少し眉を顰めると、暗がりの中目を凝らして手をつこうとした場所を見た。
目を凝らす必要はなかった。
青年の手に触れた冷たいものは真っ白な蛇だった。
暗がりにぼんやりと浮かび上がるような白、である。
青年は蛇と認識してからは眉一つ動かさず、また蛇の方もぴくりともしない。
やがて青年の方が目を逸らすと、再び虚無に思いを馳せた。蛇を見ていた間止まっていた左手が、再び気だるそうにうちわを扇ぎ始める。右手は、蛇の少し脇についた。
遠くから破裂音がする。
青年は耳を澄ませた。
段々小さくなっていく笛の音と、花火の音が残った。
*
青年は立ち上がる。
もう、ひゃらひゃらと明るい音と袋を破裂させるような味気ない音は聞こえない。
その場を立ち去ろうとして、青年は足下右側を見た。そこには白い蛇がいた。蛇は青年が最初に見た時と同じ場所同じ格好だった。 青年が心を旅させていても。
その目から一筋の涙を零しても。
やはり、そのままだった。
青年は持っていたうちわ――白い花を散らした――をそっと石段の上に置いた。それから、振り向くことなく石段を下った。下り続けた。
青年が去ってもしばらく、蛇はそのままだった。そのまま、石の温度を感じるかのように赤い目を細めていたが、やがて静かに赤いうちわをくわえると、どこかへ去ってしまった。
残ったのは、荒んだ境内の石段にこもった温度だけ。
※この小説(ノベル)"巳うちわ"の著作権はE&Cさんに属します。
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こんばんは。
作品をはじめて読ませていただきました。
素晴らしい表現力を持った文章ですね。かなり書き慣れているお方とお見受けします。夏の神社や花火の描写も実に見事です。
展開について何度も読み返したのですが、過去の追憶と現在の場面とのつながりがどうしてもわかりませんでした。
どうして青年がどこかへ行ってしまいたくなるのか、白い蛇が出てくるのか。私の読解力がないだけかもしれませんが。
お久しぶりです。作品拝見しました。
文章は読みやすい。
全体的な描写、雰囲気も申し分ないですが、
後半からラストまでの、
青年とうちわ、それと白い蛇の関係性の部分が(藤原さんもご指摘ですが)
自分も謎です。もう少し説明が欲しいですね。
平城さんへ
こんばんは、E&Cです。御指摘ありがとうございます。この解説については私の話になってしまうのですが、説明したいと思います。
私の住んでいる家の近くで毎年お祭りがあって、そのお祭りに行くんですが、たまたま一人だけの年があったんです。
見る人見る人みんな、誰かと一緒にいるんです。何だか、自分だけがこの祭りで一人のような気がして。そんな時、ふと思ったんですよ。「ああ、どっか、この喧騒のないところへ、静かなところへ行きたい」って。
私は実際、どこかへ行く事は叶いませんでしたが、家に帰ってきて、逆に思ったんです。「でも一人になったらそれはそれで、寂しいなあ」と。
なので廃れた神社に行くことができた青年も、行ったはいいけれど、寂しくなってしまったんですよ。
そこで、白い蛇の登場です。実は、文章に描写を入れることができなかったのですが、この神社、蛇を祀っているんですよ。なので、白い蛇。
青年は、自分が石段に座っている間、蛇が傍らにいてくれたような気がして、(実際はそうではないかもしれませんが)最後、お礼に赤いうちわを置いていった、というわけです。
未熟な説明ですみません。また、分からない点がありましたら、ぜひコメントしてください。本当に、ありがとうございました!
リストラ寸止めサービス残業さんへ
どうもこんばんは。久方ぶりのコメント、とても嬉しいです。
説明、ですか。やっぱり大事ですよね。私は雰囲気だけで書いてしまうところがあるので、「ここが足りない」と言ってもらえると、大変助かります。
概ね平城さんへのお返事に書いたので、そちらを読んでいただけたら幸いです。また、よろしくお願いします。
>青年は、自分が石段に座っている間、蛇が傍らにいてくれたような気がして、(実際はそうではないかもしれませんが)最後、お礼に赤いうちわを置いていった、というわけです。
なるほど、白い蛇はそんな設定でしたか。
白い蛇と言うと、日本神話・ヤマタノオロチや白蛇伝などを連想するのですが、
神秘的な象徴としては確かに有りです。
こんばんわ
自分には書けそうもない文章をしっかり書かれていて凄いと思いました。
気になったのは2点だけ。
しかしあのヘビにわたした内輪は妹に買ったものですよね?店で買ったさい兄とお揃いの内輪を買って兄のを蛇に渡したというなら少しかわります。
内輪を買ってあげた妹は一緒にいてくれずに内輪をおとした(兄のほうが離れたのですが)、何もあげてないのにヘビは一緒にいてくれた、それによってヘビは内輪を手にいれた、という対比に深いものを感じてしまいました。
あと関係ないですが、帰宅したときに、妹から内輪を返してと詰め寄られ、もしくは内輪をなくして謝罪する妹に、困る兄さんを妄想してしまいました。
変なこといいますが、コメントいただいた返礼的なコメントではありません。前から気になっていました。
情景のイメージのしやすさ、描写、ともに書きなれた人の書き方のように
思われました。
やはり他の方も仰ったように最後の説明が理解しづらいな、と思いました。
頑張ってください。
な、なんだか久しぶりにのぞいたらコメント数の多さに驚くアンスです。
夏といえば祭り、ですよね。私自身この年になって祭りっちゅーものは面倒の一言なんですが見てるだけならいいですね((
今回もとっても不思議な雰囲気を醸し出している作品でしたが、なぜ青年が「どっかいってしまいたかった」のかがいまいち分からなかったのですが、少し説明をいただいたのでなんとなく理解しました。
ちょっとずれてるかもしれませんが、最後の蛇がうちわをくわえるってところを想像するとめっさカワイイなぁって思いました。
しん。さんへ
こんばんは。コメントありがとうございます。自分のを渡した、ですか。なるほど。そういうのもアリですね。私が小さい頃は一旦物が手に入ると、小さな物はすぐに失くしてしまうことが多くて。それに話に出てきた妹も、おそらく忘れてしまっていると思います。……でも、妹に返してと言われる、また失くしてごめんなさい、というのも確かにいいですね。ほのぼのとして。
また、「これの話の続き、こんな感じに思ったよ!」というのがありましたら、どうぞメールしてください! 飛び上がって喜びます!
土屋@活動停止さんへ
コメントありがとうございます! 私なんか、まだまだです。でもこうしてコメントや意見をしていただけて、本当に嬉しいです。
説明、ですよね。
やはり私、他人にも「我が道を貫きすぎだ」との忠告をよく受けます。その傾向が作品に出ているなら、自分の意識も変えていかなければ。頑張ります!
アンスさんへ
コメントありがとうございます! そうですね、私の住んでいる街も近々お祭りをやるそうですが、いやはや、暑い。蒸し暑い。何でこんなに人いるんだよ……!!ってなります。すっからかんは寂しいけれど、やはり何事も程々がいいですよね。
あまり関係ありませんが、昔夏に行った旅行にて、とあるペンションで宿泊し、一夜明けたその朝。道で白シャツを着てスクーターを支えているおじさんが、茶色の蛇と格闘をしていました。武器はサンダルに包まれた茶色の足。……おじさん! あっぶなーい!!!
幼い私は思いましたとさ。
※ここでは2012年5月18日のデイリー表示回数ランキングを表示しています。