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ポケットの中の天球儀 (完結作品)

作:第1回みんなのライトノベルコンテスト作品 / カテゴリ:みんなのライトノベルコンテスト(広島・瀬戸内海・中国地方) / 投稿日:'08年2月28日 12:42
ページ数:4ページ / 表示回数:回 / 総合評価:0 / コメント:2件

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すだれから零れる陽光が、真琴の顔に格子状の模様を描いていた。
庭先の木々からは途切れる事の無いセミ達の声が聞こえ、その中に時折、涼しげな風鈴の音色が混じり合う。
色褪せた畳の上には勉強机と化したちゃぶ台が置かれ、その上には教科書、参考書、ノートが乱雑に散らばり、その隙間には氷が溶けてしまったコップが淵に水滴を蓄えていた。
座椅子の背に深くもたれかかり、ぼんやりと庭先を眺める真琴…手にしたペンの先が文字を書くわけも無く宙を彷徨っている。
「静かな所に来て息抜きするんじゃなかったの?」
不意に背中から声がした。
真琴は振り返ると声の主である祖母を見あげる。
祖母の小夜は少し呆れたような表情で腕を組むと、真琴の返答を待っていた。
「そのつもりだったんだけどね…なんか落ち着かなくて…気がついたらつい、いつもの癖で…」
ちゃぶ台を占領する教科書、参考書の言い訳をすると、自分でも何故だろう…?と言いたげに小さく首を振って見せた。
「ちょっとでも受験の事忘れられるかなって思ったんだけど、ダメね…なんかみんなに置いていかれるような気がして…」
「わたしにはわからないね…そこまで白分を削って背伸びしなくても、入れる高校がないわけでもないのに…」
生まれてからずっとこの土地で育ち、受験勉強とは全く無縁で育った小夜には、真琴が追われるように教科書の虜になっている事が理解できなかった。
時代の流れ…と言ってしまえばそれまでの事なのかもしれないが、それ程までにして良い学校へ行かなければならない理由が見当たらない。
それよりももっと大切な事があるのでは…?
帰って来てからも受験の事で頭がいっぱいで『心ここにあらず』の孫を見る度に、小夜は言いようの無い寂しさを感じてしまうのであった。
小夜のそんな気持ちを察すると真琴は複雑な心境になる。
祖母の言うように、自ら『息抜き』と称して田舎である香川県に帰って来たと言うのに、ここで過ごしている期間、ほとんど家から外に出ていない。
―確かに、これじゃあ東京にいるのと大して変わらない…おばあちゃんの言う通りだわ…
そう自覚はするものの、真琴には今の状況をどうする事も出来なかった。
小夜は一息つくと、ちゃぶ台にある歴史の参考書を手に取った。
ぱらぱらとページをめくると、ふとあるページで手を止めた。
「1185年…」
「壇ノ浦の戦い。源義経が平家を打ち破る。大丈夫、ちゃんと覚えてる」
小夜の呟きに間髪をいれずに真琴が答える。
正解である…小夜は出題をしたつもりではなかったが、答えを求める孫の瞳に、間違ってないと言ってやる。
真琴は自らの記憶に満足げに頷いて見せた。
「ここ、讃岐でも戦があったのよ」
「屋久島の戦いでしょ?10回以上ノートに青き込んだわ」
「歴史っていうのは、教科書やノートに 閉じ込めておくものなのかね…」
得意げに答える真琴に嘆くと、小夜は静かに目を閉じ口を開いた。
「文月の月眠る亥の時、離された心一つにならん…」
「…何、それ?」
教科書には見当たらない小夜の言葉に、真琴は戸惑いの声を上げる。
「讃岐に伝わる言い伝えで、わたしらの子供の頃くらいまではよく聞かされた。確か、お前の母さんにも教えてやったはずだけどな」
「聞いた事ないわ、教えて」
初めて聞く話に好奇心を刺激されたのか、知らない事に対する不安からか、真琴はせがむように祖母に催促した。
小夜はわかったと言うように頷くと、静かに話し始めた。
「屋久島の戦では源氏、平家共にたくさんの者が争い憎しみ合い、命を奪い合った。それは知っているだろう?」
真琴は何度も頷くと小夜の次の言葉を待つ。
「そんな中、名もなき平家の一武官が源氏側の姫様と恋に落ちてな…それが許されぬ恋とはわかっていながらも、二人の絆は強く、深いものになっていった」
小夜が遠い目を過去に向けながら物語を続ける。
「二人は、地位や身分何もかも捨てて、駆け落ちする事を約束した…男は屋久島での戦が終わったら、姫様を迎えに来て一緒に逃げるはずだった、けど…」
「けど?」
「男は迎えには来なかった…戦で船ごと焼きはらわれて、戦死したんだ」
「そんな…」
あまりにも悲劇的な結末に真琴は言葉を失ってしまう。
半ば予想していたとはいえ、恋人同士の死別と言う最悪の結末にはやはり心が痛む。
まだ恋愛経験が無く、淡い恋を夢見る少女にとってはなおさらの事だった。
悲しげに瞳を落とす真琴に、小夜は何故だかほっとしていた。
自分の孫にまだ豊かな感情と想像力が残っている事を確認し、安心したのだ。
「だが…」
これで終わりではないと言うように小夜が続けると、真琴は再び物語の中に引き込まれる。
「それを哀れに思った神様が年に一度、月の門番が眠る夜にだけ男に地上に行く事を、姫様に会いに行く事を許した」
「それが…文月の月眠る時?」
確かめるような真琴の瞳に、小夜は静かに頷いて見せた。
どんな形にしろ二人に救いがあった事に、真琴自身も救われた気分になった。
「男は光の船でやって来る、8月の新月の夜にな…」
「8月の新月の夜って…」
「今夜の事だよ。退屈してるなら行ってみるといい。鳥居がある浜辺、覚えてるだろ?」
「うん、だいたい…」

黄昏の光が、海を黄金色に染めていた。
真琴は神社を左手に見ながら、緩やかな勾配を下る。
向かっている先は、祖母が言っていた鳥居がある浜辺…歩いて行くと一時間弱と言ったところだろうか。
「離された心一つにならん…か」
眼下に広がる海の輝きを眺めながら、真琴は祖母が口にした言葉をなぞった。
昼間に祖母から聞いた言い伝えの話…
戦で死別した恋人同士…悲劇の結末を迎えた二人が年に一度だけ会う事が許され、しかもそれが偶然にも今夜だと言うのは、いささか出来すぎた話ではないだろうか。
「それに…」
もし、言い伝えが本当だったとしても、一体何が起こるのだろう…光の船とは?
湧き上る疑問に答えを見つけようとするものの、謎は深まるばかりだった。
「まあ、でも…」
祖母の言う鳥居に行ってみれば、全ては明らかになるだろう。
それに、家の中にずっといて教科書とにらめっこしてるよりは、よっぽど気分転換になる。
真琴がそう結論を出したその時…突然、背後で叫び声が起こった。
「危ない!」
「え…?」
咄嗟に振り向いた真琴の視界いっぱいに、突進してくる自転車が飛び込んできた。
驚きに目を大きく見開く真琴…瞬時に危険は察したものの、体が硬直して言う事を聞かない。
真琴は覚悟を決めると、後の事は神様に委ね目を閉じた。
神様はそんな真琴に慈悲を与えたのか、間一髪…
自転車は真琴の体数ミリ先をかすめていくと、そのままのスピードを保ち電柱に進路を取った。
断末魔を思わせるブレーキの悲鳴の直後に、何とも言えない鈍い衝突音、哀れな叫び声が響き渡り…静寂が訪れた。
どうやら祈りは通じたらしい…
危機が去った事を肌で感じながら、真琴はゆっくりと目を開けた。
真琴の数メートル先の電柱には地面に横たわる自転車が見える。衝突の勢いなのか、今だにホイールのスポークが回り続けていた。
その脇には真琴と同じくらいであろう年の少年が、地面にうずくまっていた。痛みを堪えているのだろうか…少年は低いうめきを上げながら、腰のあたり手でさすっている。
その近くの地面には少年がかけていたであろう黒ぶち眼鏡が転がっていた。
かなりの惨事ではあったが少年に深刻な怪我は無いようで、既に自力で立ち上がろうとしていた。
真琴は安堵に息をつくと、恐る恐る少年に近づく。
「あ、あの…大丈夫ですが?」
あまり大丈夫そうではなかったが、他にかけるべき言葉が見当たらなかった。
少年は呪いの言葉ともつかない声を上げていたが、真琴の声が耳に入ると慌てて体を起こした。
「き、気にしないで、僕自転車がどうも人より下手くそで。それより怪我は…」
少年はそう言うと、急いで地面に落ちている黒ぶち眼鏡を拾う。
視界がぼんやりしているのか、何度か首を振り眼鏡をかけると、真琴の顔に焦点を合わせた。
「あ…!」
真琴と少年の目が合った時、二人はほぼ同時に声を上げた。
間違いなく知っている顔であった。
真琴は記憶の中を大急ぎで検索すると、一人の人物を特定する。
「博…士?」
ゆっくりと確かめるように、かつてのクラスメイトに問い掛けていた。

派手な演出で真琴の前に現れたのは、彼女が一年の時に同じクラスにいた深沢と言う少年であった。
真琴は自分を轢きそうになった自転車を起こすと、心配げに深沢に声をかけた。
「怪我、してない?」
「大丈夫、慣れっこだから」
ジーパンのすそを払いながら、深沢はまるで人事のようにそう答えると笑顔で無事をアピールした。
「そう…良かった」
真琴は大きな怪我が無かった事に胸をなでおろすと、抗議の目線を深沢に向けた。

※この小説(ノベル)"ポケットの中の天球儀"の著作権は第1回みんなのライトノベルコンテスト作品さんに属します。

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この小説(ノベル)へのコメント (2件)

みゆ

'08年3月10日 00:31

ポケットの中の天球儀

ずらっと並んだ作品の中から、タイトルが一目で気に入って読みました。
面白かったです!
歴史には詳しくないので、大丈夫かな?と思いましたけど、知識なんて必要なくて、これは受け止める感性があればいい!って話だ!と思いました。最後ちょっとうるるっときました。
随所でマニアックな知識が散らばっていて、そんな所も魅力的でした。
短編ならではの…心に残る話だなって思います。

J-Company

'08年4月1日 22:51

ご愛読ありがとうございます。

みゆさん、作品を読んでくれて、ありがとうございます。
この『ポケットの中の天球儀』は、ミニドラマ用に書いたシナリオを小説にしたものです。
もう何年も前になるかな・・・ふと訪れた地で、本当に押しつぶされそうなくらいの懐かしい星空を見て『この気持ちを誰かに伝えたい…』との思いから、この作品が生まれました。
星には本当に不思議な力がありますね…『星』をテーマにした自身のシナリオがまだありますので、今度はこれを小説にしようと考えていますが…(^^
これからも『心に残る』作品を書いていきたいと思っていますので、またよろしくお願いいたします。

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