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休日だった。サロンで暖炉のスケッチをしていたわたしは、執事の浅葱さんから呼ばれた。
「お嬢さま。お客さまがお見えです」
お客さま? 訝しく感じた。
「あの、お客って、誰でしょうか」
「お名前をおっしゃらないので。ただ、鈴菜お嬢さまと同じ学園の生徒の方と見受けられます」
「同じ学園の?」
ますますおかしいと思う。
わたしは今年の春からこの邸に移り住んでいることを、学園の誰にも言っていない。
厳密に言えば書類は先生に提出しているけれど、そういった個人情報をクラスメイトなどに安易に教えるようなことはないはずだ。
……あ。唯一知っているとしたら、深森先輩だ。
面接のときに、桜本の家にいることを話している。
「お部屋にお通ししていいか私では判断できませんでしたので、お客さまを玄関先に待たせてあります」
「あ、はい、わかりました」
わたしはソファーから立ち上がり、メガネを直しながら玄関ホールに向かう。
「お客さまは、自転車でいらしたようですよ。黒いフレームに金色のロゴが入ったマウンテンバイクですね」
「マウンテンバイクって、それ……」
マウンテンバイクと言えば、鴇田くんだ。浅葱さんが今教えてくれた自転車の色は、明らかに鴇田くんのあのマウンテンバイクだと思えた。
でも、鴇田くんはまだ脚の怪我で入院しているはずなのに。
万が一経過が良くて退院したとしても、骨折だったのだから、まだギプスをしているだろう。それで自転車に乗るなんて、ありえない。
わたしは混乱しながら玄関ホールに出る。
ひょろっと高い身長。色白の肌。ポケットに突っ込んだ手。そこに立っていたのは、菫崎くんだった。
なぜか肩から大きな黒いバッグを提げている。
「やあ。すごいね。あんた大金持ちのお嬢さんだったんだね」
「菫崎くん。なぜここが?」
菫崎くんはニッと笑って、バッグの口を少しだけ開けて見せた。中には黒いノートパソコンが入っていた。
「え? どういう意味?」
「俺、ピアノも得意だけど、パソコンも扱うのうまいんだ。使い方によってはいろんな情報が手に入るんだよ、パソコンてさ」
それは、ハッキングでもしたという意味なのだろうか。どこからか、わたしの現住所の情報を引き出した?
「自転車で来たっていうから、てっきりわたし」
「鴇田ってやつだと思った? はは、そりゃ残念だったね」
菫崎くんは半分開いた玄関扉から、すぐ外の車寄せに駐輪してあるマウンテンバイクを指し示した。
「藍沢はあのデザインがお気に入りだったみたいだから、俺さ、同じマウンテンバイクを探したんだよ。今度は俺の自転車の絵を描いてよ。ね?」
わたしは絶句する。
「そういうことじゃないと思うわ……」
「どうして? 同じじゃない」
「……絵を描くには動機がいるもの。あのマウンテンバイクを描きたいとは、わたしには思えない」
「意味、わかんないなあ。あんたの絵ってきれいだけど、人間がいない。つまり誰の自転車でも、かまわないんじゃないの」
さりげなく、きつい言葉を投げてくる人だなと思う。
そうだ、わたしもどこかそんな風に思い込もうとしてきたけれど。
でも今ならわかる。あのマウンテンバイクを描こうと思ったのは、それが鴇田くんのものだったからだ。
鴇田くんの自転車があの公園のあの場所にあったということ。それが重要だったのだと思う。
「まあいいや。俺は別にここで自転車のことを議論したいわけじゃないんだよ」
「わたしに用事があって来たということでしょう」
※この小説(ノベル)"夏の停止線"の著作権は第1回みんなのライトノベルコンテスト作品さんに属します。
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