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まぼろしのバット (完結作品)

作:第1回みんなのライトノベルコンテスト作品 / カテゴリ:みんなのライトノベルコンテスト(広島・瀬戸内海・中国地方) / 投稿日:'08年2月23日 17:31
ページ数:20ページ / 表示回数:10039回 / 総合評価:0 / コメント:0件

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11.花火

夏の合宿はいつものようにバスをチャーターして、
楽しい“バス旅行”から始まります。
着けば地獄?の猛練習が待っています。
合宿名物“インデアン・ノック”の洗礼も受けることになるでしょう。
そして楽しみにしている花火大会が行われるのです。
きっと素晴らしい思い出になるでしょう。
秋の軟式野球大会(市長杯)では、
さらに強くなったビーバーズを見せようじゃありませんか!
                      (ビーバーズ新聞八月号より)

毎年、夏休みになると、ビーバーズは広山市から一時間半あまり車で走った山間のまちで、三泊四日の合宿を行っている。この合宿には監督、コーチ、選手のほとんどが参加するが、コーチの手伝いやこどもたちの世話をするために、親も何人かついていく。わたしもそろそろ参加してもいい頃だと思ったので、今年の夏はリュックサックに色々詰め込んで、ソラや太一と一緒にバスに乗り込んだ。
合宿生活はなかなか素晴らしいものだった。だって考えてみるといい。目の前にはわたしたちだけが使える広々とした野球専用のグランドがある。それも芝生のグランドだ。まわりは緑深い山々に囲まれ、空には真っ白な入道雲が浮かんでいる。絵に描いたような夏の風景だ。野球好きでなくてもこうした環境にいるだけで、なぜか元気が湧いてきて、幸せな気分になろうというものだ。
しかし、あまり大っぴらに素晴らしい、素晴らしいと言うと、こどもたちから恨まれそうだ。何しろ、こどもたちは朝早くから日が暮れるまで、ギラギラと照りつける太陽の下で厳しい練習に耐えている。真夏のグランドは刺すような陽射しがジリジリとからだを焦がす。いやになるくらい眩しくて、頭がクラクラするほどだ。こどもたちのなかには激しい練習と暑さで立っていることさえ出来なくなって、冷たいタオルを頭に載せ、木陰で長々と横たわる者まで出てくる始末なのだ。
ただ、その大変さは承知の上で言うのだが、こうした環境のなかで一生懸命に野球に打ち込む姿を見ていると、やはりこれが夏の風景なんだ、とひとり悦に入ってしまう。夏に夏らしい場所で過ごせることの幸せ。ここで実感するのは、きっとそういうことなのだ。

長い練習が終わり、三時の休憩時間になると、こどもたちは足を引きずるようにしてグランドから戻ってきた。さすがに三日目の練習ともなるとくたびれてくる。大きな銀杏の木の下に出来た木陰にバッタリと倒れこみ、当分の間、ピクリともしなかった。日焼けした顔はよく見ると真っ赤に紅潮していて、頭から湯気が立ち昇っている。
「さあ、これを飲め」
わたしは特大の魔法瓶から冷えた麦茶をコップに注ぐとこどもたちの前に差し出した。そのうちに、丸太のようにごろりと横たわったまま動かなかったこどもたちがむっくりと起き上がり、先を争うようにしてコップに手を伸ばした。
「ふうっ……」
こどもたちはのどを鳴らしておいしそうに麦茶を飲むと大きく息をついた。額から大粒の汗がふき出した。木陰はグランドとはうって変わってさわやかな風が吹いている。湿度が低いので何かさっぱりとして涼しげだ。こどもたちはみるみる元気を取り戻した。
毎年、誰もが言うことだが、こどもたちはこの短い合宿の間にびっくりするほど野球がうまくなる。合宿の前と後ではまるで別人だ。これは本当に不思議なことだ。わたしが見ても谷村や山本は持ち前の長打力に磨きがかかって、この広いグランドのフェンスを楽々と越える打球を連発している。加治川の息子はますます昔の加治川そっくりになってきた。上から投げ下ろすボールは切れを増して、これならちょっとやそっとじゃ打たれまい。うちの息子たちだって大したものだ。ソラはするどい打球を内外野に打ち分けるようになった。守備は親の欲目を差し引いても一級品だ。次男の太一はすでに一人前の野球選手を気取っている。わたしがハラハラするのを尻目にライトに上がった大飛球を難なく捕ってみせるのだ。
秋の学童軟式野球大会(市長杯)の戦いはすでに始まっている。夏の合宿で鍛えた力で相手を打ち負かし、今度こそ予選を勝ち抜いて決勝リーグへ駒を進めるのだ。石内ベースボール・クラブにはちゃんとお返しをしなくちゃならない。ファルコンズにも勝つ。ビーバーズにはそれだけの実力があるのだ。
「五年生はこれからインデアン・ノックだぞ」
加治川コーチは号令がかかると、早々と立ち上がり、一塁後方のファール・グランドのあたりに進み出た。あっという間に練習再開だった。
インデアン・ノックとは選手の足腰の鍛錬と守備力の強化をするハードな練習だ。外野のあちこちにゴロの打球を打ち分けて、こどもたちを右へ左へと走らせる。最後には気力も体力も尽き果てて、その場に座り込む。しばらく立ち上がることも動くことも出来なくなる。外野の芝生の上でバクバクと高鳴る心臓の音を聞きながら、真っ青な空を見上げることになるのだ。
「あー、今度はインデアン・ノックかよ。さっきあれだけ練習したというのによくもまあ続けられるもんだ」
こどもたちの世話で合宿に参加した中山さんは、半分口をあけて空を仰いだ。
いままですし詰め状態だった銀杏の木陰は急にがらんとした。コーチの手伝いで参加した中山さんと下野コーチの奥さん、それにわたしの三人だけになってしまった。
こどもたちはいっせいに飛び出して、しばらくすると汗びっしょりになってまた戻ってくる。そしてまた炎天下のグランドに飛び出していく。その繰り返しだ。合宿の三日間はこんな調子で過ぎていった。気がつけばもう明日は広山市に帰る日だ。
「毎年、誰かが熱を出して寝込むのよ。ことしは不思議と病人も出さずにここまで来たけど……。きっとこどもたちは相当へばっているはずよ」
下野さんはビニールシートの上にこどもたちが残していった空のコップを集めると大きなかごに入れた。
「早いもんだなあ。練習はあと一日か……」中山さんはなごり惜しそうだった。
「本当だ。三泊四日の合宿なんてあっという間だよ。もう少しやっても良さそうなくらいだな」わたしは言った。
「そりゃあ、中山さんや岩飛さんは良いかもしれないけど、こどもたちは大変だわ」
下野さんは苦笑いを浮かべた。

その日の練習が終わると、わたしたちは民宿に戻り、夕食を済ませた。あたりがすっかり暗くなったころ、もう一度民宿の玄関前に集合した。毎年、合宿を打ち上げる前夜、グランドの向こうを流れる小林川の河川敷で、こどもたちと花火をするのが恒例になっていた。
わたしたちは家から持ってきた懐中電灯を片手に、カエルが鳴く田んぼのあぜ道を二列になって進んだ。こどもたちはしゃべり通しで、さっきまでの猛練習がウソのようだった。
「しこたま買い込んできたから気のすむまでやってくれ」
田丸がこどもたちの先頭に立って言った。花火の入った大きな袋を持って歩いているのは稲田監督だった。
目的の場所にはすぐに着いた。川土手は高く、河原は広かった。下野コーチの奥さんは、こどもたちが勝手にどこかに行ってしまわないよう、まるでシープドックのように見張っていた。わたしはランタンの形をした小型の照明器具のスイッチを入れた。まわりにぼんやりと光の輪ができた。川向こうは真っ暗で見えなかった。水の流れる音が闇の中から聞こえてくるだけだった。
下野コーチが平らな石の上にろうそくを立て、ライターで火をつけた。加治川が一歩前に進み出ると、「さあ、はじめるぞ」と言って、手に持った花火を炎にかざした。すぐにチリチリと火花がなかから噴き出した。加治川はすかさず手を高く掲げ、空に向けた。
パーン、パーン、パーン。
光の玉が空に向かって何度も飛び出した。赤や緑のあざやかな光が、まるで空のてっぺんからゆっくりと舞い降りるように、シュルシュルと音を立てながら落ちてきた。
いよいよ花火大会の始まりだった。
こどもたちは喚声を上げながら、稲田監督の持っている花火の入った袋に群がった。やがてあたりはきらめくような閃光に包まれた。花火の光に照らされて、こどもたちの顔が生き生きと浮かび上がった。これまでは見えなかった川の流れや対岸の茂みさえも照らし出した。川幅は予想以上に広く、おだやかで、すべすべした大理石の表面のようだった。
わたしは立ち上がると、もう少しで足が水に浸かりそうな場所まで歩いていった。足元の小さな平たい石を拾った。そして大きく振りかぶると、川面を滑らすように思いっきり投げた。石は水面を何度もバウンドして、やがて水の中に消えていった。
「結構やるじゃん。八チョップじゃん――」
 振り返ると、加治川の息子の治が笑顔を浮かべて立っていた。八回もバウンドしたと褒めてくれているのだ。
「何だ、花火はやらないのか?」わたしは言った。
「やるよ、これからさ」
 治は花火にすっかり夢中になっているこどもたちの輪の中に消えていった。
 その時、どーん、と大きな音がした。正真正銘の打ち上げ花火が夜空にぱっと広がったのだ。こどもたちはびっくりして空を見上げた。そのうち二発、三発と更に大きな花火が打ち上がった。きょうはこの街の納涼花火大会だったのだ。小林川の上流の巴橋のあたりの中州から打ち上げられていたのだ。
「すまん!すっかり忘れていた」稲田監督は平謝りにあやまった。
「うっそお――」
 河原は、苦笑いやら、冷やかしやら、こどもたちの甲高い声にしばらく包まれた。
わたしたちはさっそく見晴らしの良い川土手に上がって、最後の仕掛け花火が終わるまでずっと見た。民宿に帰れば、こどもたちはバタン・キューで寝てしまうに違いない。加治川や田丸と目が合った。大人たちにはこれから別の時間が待っている。
夏に夏らしい場所で過ごせることの幸せ。ここで実感するのは、やっぱりそういうことなのだ。

※この小説(ノベル)"まぼろしのバット"の著作権は第1回みんなのライトノベルコンテスト作品さんに属します。

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