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「こんなところで眠ってはいけません」
静かな、低い声。けれどそのよく透る声はわたしを夢の中から連れ戻す。
わたしは目を開けた。
目覚めたはずなのに、周囲が薄暗い。
……ここは、どこだっただろう。わたしはいったいどこで眠っていたのだろうか。
薄闇の中で、白衣がすっと目の前を横切った。
「聞こえていますか」
白衣のその人が暗い室内の隅まで歩いていき、テーブルの上でコーヒーを煎れ始めるのがわかった。薄暗い部屋の中で、白い湯気がほのかに揺れている。
「先生……」
ぼうっとした頭のまま、口だけがそう返事をする。
室内に規則的な電子音が響き渡っていることを、ようやくわたしの耳は捉えた。
わたしは慌てて自分のメガネの位置を直す。
紗のかかった薄絹の向こう側のベッドで、父が眠っている。
眠る……というよりも、さまざまな医療器具につながれた状態で、命をようやく保っている……。
そうだった。朝早く目覚めたわたしは再び眠ることができず、自分の部屋を抜け出したのだ。
まだ陽が昇っていない、暗い廊下をひたひたと歩きながら、わたしは父の眠る部屋を目指していた。
意識のない父とは会話どころか、まともに顔も合わせていない。
あまり近づくと雑菌が父の容態に悪い影響を及ぼすから。
そんなふうにこの担当医に説明されて、わたしは父の部屋に入ることを遠慮していた。
けれどどんなに配慮しようと、父は結局夏までの命なのだ。
だとしたらわたしは本当は、もう少し父の間近で看病したり手を握ったりするべきではないのだろうか。
そんなことを考えながら、わたしは父の部屋に入り込んだのだ。
けれど半透明なカーテン越しに見える父の姿が、急に怖くなった。
目をぴたりと閉ざし、さまざまな管につながれて、ようやく生きている父。その呼吸さえも、口元につながった呼吸器の補助で、たぶんやっと行っているのだろう。
わたしと、ベッドに横たわる父との間に、目に見えないラインを感じた。
決して踏み越えてはいけない、奇妙な境界線。
結局わたしは父のベッドに近づくことができなかった。
わたしは扉近くのライティングテーブル用の椅子を引き出してそこに腰掛け、少し離れた場所から、薄絹のカーテン越しに父の姿をじっと見つめていたのだった。
※この小説(ノベル)"夏の停止線"の著作権は第1回みんなのライトノベルコンテスト作品さんに属します。
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