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ここ数日、気分が落ち込んでいる。
鴇田くんと教室で顔を合わせるのが微妙に気まずい。でももともとわたしと鴇田くんは教室内ではろくに挨拶もしたことがない。
そういう意味では何も変わっていないのだろう。
原野台公園にはあのあと一度も行っていない。
このまま今日は、家に帰ってしまおうか。
放課後、美術室に向かわないまま、昇降口に向かう。
そのとき、門を出ようとしている深森先輩の姿が見えた。
通学用バッグを肩から提げている。どう見ても、帰り仕度が済んでいるように見える。
ここ一週間くらい、深森先輩からはメールが来なかった。
たいした用事があるわけじゃないから、返事が遅れるのは仕方がないけれど。先輩はこのところ美術部の活動もしていないようだったので、気にかかっていた。
わたしは急いで靴を履き替え、深森先輩を追いかけた。
「あのっ、深森先輩」
「藍沢さん……」
振り返った深森先輩の、顔色が少し悪く見える。なんだろう。体調を崩しているのだろうか。
「何か用?」 困ったように深森先輩が尋ねる。腕時計をチラッと見るのがわかった。何か約束でもあるのだろうか。
それともこれは、わたしと関わるのが迷惑というサイン?
そう考えたとたん、胃のあたりが重たくなる。
「あの。用というか。この間、メールで話していた『カーマインレッド』ですけど……」
「ああ、うん。ずっと品切れになっていて、手に入らないよね」
「昨日、見つけました。駅の北口の方にパン屋さんの工場、ありますよね。その近くの文房具屋さんにあったんです」
「文房具店? 画材店じゃなくて? それは……盲点だったかもな」
「埃かぶってましたけど。カドミウムイエローなんかもありましたよ」
「そうか。よかったね、見つかって」
どこか心ここにあらずという、おざなりの返事に見える。
わたしはふと思いつき、持っていたカバンから話題になっていた透明水彩絵の具を取り出した。
「カーマインレッド、よければどうぞ」
「えっ」
「あの、わたしはまた買いに行けますけど、先輩の家って、確か反対方向だから」
先輩は何か考え込むように黙ってしまった。わたしが差し出した絵の具を受け取ってくれる気配がない。
ひょっとしたらおせっかいだったのだろうか。どうしよう。今更引っ込めるのもおかしいし。
「ええと。気持ちだけ受け取っておくから、しまっていいよ」
先輩が気遣ったようにわたしに告げる。
拒否されたのだろうか。わたしがずっとつきまとってきたことが、重荷になっているという意味?
「……ごめん、違うんだ」
「え?」
わたしは泣きそうだった瞳を上げる。先輩の表情はやはり少し青ざめているように見える。
「絵の具があっても、絵を描く時間が取れそうもないから」
「あの、どういう意味ですか」
「……父が倒れて」
わたしは息を呑む。知らなかった。そんな話、誰も教えてくれなかった。
先輩も、そんなメールはくれなかった。
「おとうさんが……。いつ?」
※この小説(ノベル)"夏の停止線"の著作権は第1回みんなのライトノベルコンテスト作品さんに属します。
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