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間近で、コーヒー豆を挽く音がガリガリと響いていた。
そのせいで、はっと目を覚ました。
なぜわたしがこんな場所で眠ってしまっていたのかがすぐに思い出せなかった。
カントリー調の家具に覆われた、喫茶店のカウンターだった。
店内は灯りを抑えてあるので、どこか薄暗い。
わたしは、休日のその日、一日中街を歩いていたのだったと思う。
深森先輩が描いていた静物画の、その深い紅色の花の色がきれいだと思った。
だからメールで質問したのだった。どんな絵の具を使っているんですか、と。
3日ほど間を空けて、先輩からの返事をもらった。
透明水彩絵の具のメーカーと、花に使った色の名前数種類が列挙されていた。
複数の色を重ね合わせて、ようやくあの花を表現したのだとしたら、それは本当はわたしなどが安易に尋ねてはいけないことだったのかもしれない。
でも先輩のメールに添えられた言葉には、特にわたしの問いに気分を害した様子も見られなかった。
絵の具の色名を確認しながら、わたしの絵の具箱の中身をチェックしていく。
足りない色がわかった。カーマインレッドだった。
わたしはその絵の具を探し求めて、駅前の画材店二軒を回った。どちらにも置いてない色だった。
そのあと駅からかなり離れた場所の画材店にも足を運んでみたけれど、そこにもその絵の具はなかった。
メーカーが製造を中止してしまった色らしい。
駅前まで戻り、隣の駅に行ってみようとしたところ、何かの事故があったらしく、電車が止まってしまっていた。復旧の見通しがつかないようだった。
足が棒になるという言葉があるけれど、そのとおり疲れ果ててしまったわたしは、どこかで休みたいと思い、この喫茶店に足を踏み入れた。
夕方だというのに、店の中は空いていた。少し奥まった路地にある店だからだろうか。
カウンター席についてから、メニューを見て面食らった。メニューはコーヒーの種類で埋め尽くされている。
種類というのは、カプチーノとかエスプレッソとかいう意味での種類ではない。
全部、豆の種類の列挙。どこがどう違うのかがわからない。
当然のように、紅茶やミルク、オレンジジュースなどはまったく置いてなかった。
戸惑ったままメニューとしばらくにらめっこしていたら、目の前のマスターが静かに口を開いた。
「ココアなら作れますよ」
わたしは赤面しながら感謝の気持ちをこめて会釈する。
「あの、それじゃココアください」
わたしはマスターがココアの準備をしているのをぼんやりと見ていた。
生クリームをあわ立てていたことまでは覚えている。そのあと、いつの間にか眠ってしまったようだった。
目の前に置かれたココアが、すっかり冷めている。生クリームの泡が消えて沈んでしまっていることからも、かなりの時間が過ぎてしまったような気がした。
「あの、今度はコーヒーください」
わたしはおずおずとマスターに申し出た。そうしてすぐに、豆の種類も指定しないとまずいのではないかと気づく。
わたしはメニューを手にして、豆の名前をざっと眺める。
「キリマンジャロなどいかがですか」
マスターがわたしの戸惑いを見透かしたように言う。
「はいっ、それでお願いします」
わたしはおかしな汗をかきながら、そう返事をした。
※この小説(ノベル)"夏の停止線"の著作権は第1回みんなのライトノベルコンテスト作品さんに属します。
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