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1988年7月10日、広島県の山中にある病院で産声が上がった。
「3611gの元気な女の子です」
絵美という名は、その日合肥から駆けつけた、父が慕ってやまない中国に嫁いだ自分の妹、即ち絵美の叔母が名づけた。「絵に描いたように美しい女になってください」と願いを込めた。
しかし叔母の願いに反して美貌はなく、賢さだけが際立った。姿はごくごく普通の女の子だが、賢さだけは諸葛亮のようであった。
5歳のころには叔母が教える中国語をほぼ覚えていたという。だが小学校に入ったら平凡な子になった。その他の授業は漢文と社会科を除いてほとんどできなかったからだ。8歳には三国志を読破し、そのころから張遼が好きだった山崎。10歳になれば口癖のように張遼の台詞ばかりを発す。こうして彼の一生と彼が話した中国語を覚えていったのだ。
12歳の時には大学は中国に留学しようと思いができた。横浜へ旅行に出かけた時偶然道に迷ってたどり着いた関帝廟からすべてが始まった。もし道に迷わなかったら彼女はきっと中国にはいかなかっただろう。
「張遼…張遼…、私はどうしてここに来たのだろう?来るべきだったから?」
大学みたいな総合学科の高校に入った時担任の山田が彼女の能力に驚くわけだ。山崎は語学方面と三国志だけは他人よりずば抜けていたのである。
「数学などは成績が悪いからあなたがいける学校は広島総合高校のみだ。」
過去中学校の先生にそう言われた。転校を繰り返して友情を何度も失い、いじめられもした。だが皆わかりもしなかった。山崎が三国志についてだけは天才だという事が。
「山崎って馬鹿だよなあ。日本語わかってなさそう。なんでいつもおかしい言葉言うの?頭が変だから?!」
「子供だてらに中国語しゃべりやがって、教えてくれねーのか?」
馬鹿にされ続けてきたから今があるのだ。山崎は皆から罵られてきて、悔しくて国を出ようとしたのだろう。
※この小説(ノベル)"遼来来!!"の著作権は日本の張遼さんに属します。
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