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僕と創価学会 (執筆中)

作:ソロボーカル 変態紳士 白嘉(HAKKA) / カテゴリ:未分類 / 投稿日:'17年2月13日 00:10
ページ数:3ページ / 表示回数:回 / 総合評価:0 / コメント:0件

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僕の創価学会に対する想い

宗教のために人間がいるのではない。
人間のために宗教がある。

この言葉は、創価学会 池田名誉会長の言葉である。
創価学会が宗教団体であるならば、僕はこの言葉が基本でなければならないと思っている。


しかし、組織の中で実感してきたことは、『宗教のために人間がいる』事です。
組織の決まり事が正であり、それに人間が合わせていく。
だから、僕は活動から離れていったとも言えます。


そもそも創価学会とは、一人一人が自分らしく輝いていくための宗教です。
宗教の色に染められていく教えではなく、自分らしく生きていくために、学会活動を通して、また祈りながら自分自身が強くなっていくための宗教なわけです。


だから、創価学会の信仰をやって、創価学会の色に洗脳されていくのは、創価学会の本来の教えとは違う信仰の仕方になっていると言わざるを得ないです。
だけど、『宗教のために人間がいる』ような組織運営をしてしまえば、そうなってしまう。

僕からすると、教えと実際の組織運営はズレていると感じてしまったわけです。



《①押し付けに見える》

メンバーさんのやりたい事を祈り、メンバーさんのやりたい事にフォローをしてあげてるのか?
それとも、幹部の価値観をメンバーさんに押し付けてるだけなのか。
僕は、後者に感じることがあった。


《②自己満足に見える》

例えば、友人に会う時、学会宣言をするとか、選挙をお願いするとか。
これは勇気のいる事だけど、これが僕には自己満足に見えてしまうわけです。
創価学会は、人を救うための宗教です。
自分の伝えたい事を先に言って、それで満足する教えではありません。
相手の状況を知り、相手の悩みを聞き、それに対して自分のやれることを考え、相手の事を祈り、相手の悩みが解決するように、具体的に行動をする。

これが、本来の教えなんです。
それなのに、学会宣言することや会合に誘うこと、選挙をお願いすることといった、自分のやりたい事で、頭がいっぱいになってしまうのが、違うのではないか?と思ってしまいました。


《③本当の意味で、相手の事を考えきれてない》

相手が何に悩んでいて、相手がどんな状況で、相手はどうしたいと思っているのか。
そういう事を相手に聞き出して、相手の事を理解してあげてこそ、相手の事を考えるってことだと思う。

また、選挙にしても、折伏にしても、友人に理解されなかったり、友人に縁を切られた事に対して、「それだけの友人だったってこと」って言う場合がある。
1人の人間を大事にすることが、学会の本来の教え。

こちら側の行動が原因で、縁を切られるっていうのは、こちら側の対応が悪かったってこと。
そういう行動を取ってしまった事に対して、非を認めないといけない。
それなのに、自分の想い、自分の考えを、一方的に相手に伝えて、それで『相手の事を思ってやってる事』と正当化して、自分の土俵に相手を乗せようとしてしまう。
そんな事をやってしまうと、人は離れてしまうし、学会のイメージは悪くなる。


《④公明党に対して疑問を抱いて欲しい》

僕らは、公明党を応援するために、学会員になったわけじゃない。
僕らは、公明党に投票するために、学会員になったわけじゃない。

本来は、有権者である庶民が、普段の生活で困っている事を政治家に要望を出し、政治家・政党が、その要望を形にする。
しかし、逆になっている。
公明党がやっている事を、学会員に説得させている。
公明党は、ブレーキ役になってるというのも、僕からすれば何か違和感があるわけです。

池田名誉会長は、公明党が結党される際、こんなことを語られてます。

「日本には、真実の大衆政党がなかった。
保守政党は、大企業擁護の立場に立ち、革新政党はその企業などに働く、組織労働者に基盤を置いている。
しかし、大衆は多様化しており、数のうえで最も多く、一番、政治の恩恵を必要としているのが、革新政党の枠からも漏れた、未組織労働者であった。
民衆の手に政治を取り戻すためには、組織労働者だけでなく、さまざまな大衆を基盤とした、新たな政党の誕生が不可欠である。
多様な大衆に深く根を下ろし、大衆の味方となり、仏法の慈悲の精神を政治に反映させゆく政党が、今こそ躍り出るべきであろう。」


今の公明党はどう見ても、「大企業擁護の立場の保守政党」寄りに見える。
だから、僕は思うんです。
創価学会だから公明党を応援する、創価学会だから公明党に投票するではなく、そもそも何で選挙活動をしてきたのかを考え直さないと。

だから、疑問を抱いて欲しいんです。
本当に、今の公明党の政治運営でいいんですか?ってことを。

僕は、立党精神からズレてると思ってるから、応援しなくなったんです。


《⑤選挙屋じゃないと言っても、選挙屋に見える》

例えば、友人に片っ端から連絡するTEL作戦。
そもそも、普段から繋がっていれば、普段から仲良くしていれば、そんなことしなくて済む。

何ヶ月も前から、友人に選挙をお願いするのも、友人が選挙の日まで覚えてるわけがない。

投票行ったか確認するのも、本当なら失礼にあたる。
友人を信用してないってことだから。

それに、どこに投票したかなんて、分かりようがない。
口では何とでも言えるし。
そこを確認することの意味も、よく分からない。

選挙も結局は、人間関係が全て。
普段から仲良くして、普段から信頼しあえる人間関係があれば、わざわざそんなことしなくても、自然な普段の関係の中で、成り立つもの。

わざわざお願いしたり、わざわざ確認しなきゃいけないような浅い関係でしかないってこと。
だから、選挙の時に、特別な行動をとらなきゃいけなくなる。



選挙戦とか折伏戦とか、そういう期間限定のような活動ではなく、長期的に人間関係を築くような活動をするようになった方がいいと思う。


アンチ創価学会の人達が批判する事は、全部が全部間違いではない。
中にはデマも多くあるけど、実際に学会員に傷付けられて、嫌な思いをさせられて、創価学会が嫌いになった人達もいる。

そういったものは、真摯に受け止めて、自分達の組織を良くしていこうとしないと、アンチ創価学会の言う事は全部ウソで片付けると、創価学会のイメージは良くならない。


そこまで言うなら、自分が学会を良くすればいい。
そう言われた事もある。
でも、僕は宗教に自分の時間を費やしたくない。

仕事は、やらないと生きていけないから、どうせ働くなら、良い職場で働きたいと思うから、組織を良くしていこうと思える。
だけど、宗教は、やらなくても生きていける。
やらなくても生きていけるものに、労力を使いたくない。

仕事でも、組織というものに苦しんでいて疲れるのに、宗教までそんなことして疲れたくない。
宗教に時間を費やすよりも、自分の好きな事に時間を費やしたい。

宗教の活動をすると、真面目に自分自身と向き合う事になる。
休日までも、真面目に考えないといけなくなる。
それじゃ疲れる。
それじゃ気が持たなくなる。

疲れるのは、仕事だけでいい。
好きな事をやれる余力を残しておきたい。
それが、僕が学会活動をやらなくなった原因です。

僕は、月一の牙城会着任と本部幹部会だけは、かかさず参加するようにはしている。

それさえも、面倒だなぁとは思うけど、今はそれでギリギリ精一杯かなぁと思う。

※この小説(ノベル)"僕と創価学会"の著作権はソロボーカル 変態紳士 白嘉(HAKKA)さんに属します。

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