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僕と創価学会 (執筆中)

作:ソロボーカル 変態紳士 白嘉(HAKKA) / カテゴリ:未分類 / 投稿日:1週間1日前 ('17年2月13日 00:10)
ページ数:3ページ / 表示回数:回 / 総合評価:0 / コメント:0件

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池田名誉会長 戸田第2代会長の言葉。

池田名誉会長,戸田第2代会長は、このような言葉を残している。


《折伏》

弘教を焦ってはならない。
私どもが友人と親しく交際し、誠実に心を通わせていくならば、それ自体が仏縁につながる場合がある。また、その人々の幸福を祈っていくことが大事であり、ある時には自然のうちに、仏法の話をすることもあろう。
しかし、決して、信仰のことで論争したり、無理をして互いに感情的になったりしてはならない。
どうしても信仰させてあげたいという真心は真心として、あせったり、窮屈に考えることは誤りである。一度結んだ仏縁は、時を得て必ず、芽を出し、花開いていくからである。

「何人やらないといけない」とか決めつけてはいけない!
「何人やらないといけない」とか決めつけると、心に負担になってしまう。
苦しくなってしまう。
折伏というものは苦しんでやるものではない、楽しくやらなければなりません。
心を軽くしてあげるために指導者がいるんです。
みんな、その反対をやっている。
勇気を与えるんです。希望を与えるんです。大きな心で、ほめ讃えていくんです。

なかには、折伏のできない人もいる。
口べただとか、気があまり良すぎるとかいう人は、折伏はあまりできないが、本人は喜んで信仰している。
それならそれでいいのである。

それを『あなた! 折伏しなくちゃだめよ!』とか言う人がいる。
だめよと言ったって、本人ができなければ、しょうがないではないか。本人が御本尊をありがたいと思っているなら、それでいいのだ。
『御本尊は本当にすばらしい』ということが、ちゃんとわかってくれば、自然に、その人は他の人に言う。それがそのまま、折伏になるのだ」

やるやらないはむこうの自由です。
なにも創価学会へ引っぱりこんでしまわなければ、折伏にならないなどと考えなくともよろしい。

このような人がいるのです。
どうかはいってください、おはいりください。
まるで保険の勧誘員にいわれているみたいです。
これでは法を下げます。

どうしても創価学会員にしなければだめだとか、御本尊を持たせなければだめだとかがんばるから、おかしな事件が起きてしまうのです。

座談会のときに、「あなたやりますか、やりませんか。ああ、”決”一人」などと、勘定しているのではないのですから、そういうことをやってはいけません。
これでは、はいる者もはいらなくなったり、その場ではいるといっても、途中でやめてしまったり、御本尊様をそまつにしたりするのでだめなのです。
私は”決”などをとれと教えた覚えはありません。

そうあわててやらんでも、「きょうは帰って考えてきます。おとうさんと相談します」「女房と話します」それなら、それでいいではないですか。
それを無理やりに御本尊様を持たしてしまうものだから、おやじが怒ったり、女房が怒ったりして、御本尊様を不敬してしまうのです。
そういう折伏はいけません。

入信するしないは相手が決めることで、あなたが心配することではありません。
「仏法は理解した、しかし学会に入る気はない」
対話の結果がそれだったら、それでいいのです。


《祈り》

祈っているから大丈夫というのではなく、祈りが行動につながるとき、初めて祈りが叶う。

祈ってすぐに叶うのは“手品の信仰だ”。
「明日、宝くじに当たりたい」「明日のテストで百点を取りたい」と祈って、簡単にそうなるものではない。
しかし、もっと深く、長い目で見た場合に、祈った分だけ、全部、幸福の方向に行っているのです。

目先の願いが叶う場合もあれば、叶わない場合もある。
しかし、あとから振り返ると、その結果が「いちばんよかった」という形になっているものです。

現実のうえで、努力もしないで、安易に願いが叶うわけがない。
さらに、宿業的なもの――過去に根の深い原因がある苦悩を変えていくには、長い努力が必要になってくる。
信心の度合いも一人一人違いがあるし、もっている宿命も一人一人違う。
しかし、祈っていくことによって、必ず「よい方向へ」「よい方向へ」と、本格的な希望が開けていくことは間違いないのです。

何でも「すぐ」ということは、あり得ない。
「すぐ」に叶ってしまえば、その人の堕落につながる。安易な人生になってしまう。
ちょっと絵を描くのが好きな人が、バッバッと絵を描いて、すぐに展覧会ができて、絵が売れてしまうことなど、あり得ない。
仕事をしないで遊び回り、そのせいで貧乏になっている人に、貧乏だからといって、たくさんお金をあげて、その人が幸福になるだろうか。

目先のことではなく、生命が根底から変わるのが信心です。
生命が芯から強くなっていくし、永遠に消えない福運が固まっていくのです。
ともあれ、何があっても「祈り続ける」ことです。そうすれば、必ず幸福になる。
その時は、自分が思っているような解決をしなくても、もっと深いところ、あとから考えると、「いちばんよかった」という方向になっていたことがわかるものです。


《その他》

たとえ相手がどんな役職や立場であろうと、その行為が間違っていれば、「何をやっているんだ!」「先生の指導と違うではないか!」と、はっきりと言いきっていくべきである。
私たちは「言葉」で戦うのである。

民衆を苦しめる社会の不条理と戦ってこそ、政治家である。
その戦いがなければ政治屋である。
最も苦しんでいる人に、救済の手を伸ばすことこそ、政治の原点である。

※この小説(ノベル)"僕と創価学会"の著作権はソロボーカル 変態紳士 白嘉(HAKKA)さんに属します。

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