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見上げると、奇妙な紫がかった雲が空を覆い尽くそうとしていた。
雲は奇妙な青白い光をときどき放ちながら形を変え、永遠のように青かった空を片っ端から暗い色に塗りつぶしていく。
まるで澄んだ水に落とした一滴の水彩絵の具が、濁りを広げていくように。
耳鳴りがするような爆音と、地面を揺るがす振動。
隕石のような火の玉が、空からいくつも落ちてくる。
住宅街のあちこちで悲鳴が上がるのがわかった。
少し前、奇妙な振動が始まったとたん、母は迷うことなくわたしの腕を掴み、玄関先から飛び出した。
外に出た瞬間、あの形容しがたい色の空がわたしの眼に飛び込んできた。
次の刹那大きな揺れを感じたかと思うと、わたしと母が長年暮らしてきた小さな借家が、目の前で大きく傾いて崩れた。
すさまじい埃が舞い上がる。
「ほら、急いで乗って」
家が倒壊した感慨に浸る間も惜しむように、母が、庭先の車にわたしの身体を押し込んだ。
車内からガラス越しにわたしは不気味な色の空を見上げる。
昼間だというのに、この暗さはどうしたのだろう。
稲妻のような光が時々空を走る。わたしはビクリと身体を震わせた。
「あれは何? 何なの」
回り込んで運転席に着いた母に向かって、わたしは尋ねる。
母は真剣な顔のままキーを回し、車のエンジンをかけようとしていた。
「ねえ、おかあさんたら」
「黙って。……逃げるしかないのよ」
「逃げるって、どこへ。何から逃げるの。あれは何?」
「あれは敵」
「敵?」
「この世界を破滅させる、敵」
……何を言っているのだろう、母は。頭がおかしくなった?
けれど母の眼に冗談は感じられなかった。
母は車を急発進させる。わたしの身体が助手席のシートにグッと押し付けられる。
車越しに、逃げ惑う人々の姿が見える。
先ほどからの地震のような振動が原因だろう、あちこちの家が崩れ落ちている。
瓦礫の下から怪我をした人が這い出そうとしているのが見えた。
その上に、容赦なく焼けた石が降り注いでくる。
赤く燃える火の玉が、木造の家屋を次々と炎に包んでいった。
額を血に染めた人や、脚を引きずりながら歩いている人がいる。
……まるで地獄だ。
母はスピードをゆるめないままハンドルをきり、人々の間をすり抜けながら車を走らせていく。
煙の匂いがする。あちこちの家が赤い炎を出して勢いよく燃えていた。
「ねえ、どういうこと。どうしておかあさんは冷静なの。どこへ逃げるっていうのよ」
「あなたは敵に捕まるわけにはいかない。まして、死なせるわけにはいかない」
「おかあさん?」
「あなたは……あの血を引く、後継者だから」
「後継者って」
血を引くというのは、父の血を引くという意味だろうか。名前も顔も知らない、わたしの父親。
わけがわからない。
「おかあさん、どういうこと。説明してよ」
「向こうに着いたら、説明するから」
「向こうって、どこよ」
わたしの言葉に返事をする前に、目の前で大きな爆発音が響き渡った。
巨大な火の玉が落下して、進行方向の道路を大きく抉ったのだ。
母は急ブレーキをかけながら、すさまじい勢いでハンドルを右にきる。
けれど車のスピードは急には落ちず、そのまま横滑り状態のまま路上を滑走する。
アスファルトの断崖が、大きな口を開けてせまってくるのが見える。
母の脚が、必死でブレーキのペダルを踏んでいる。
間に合わない。
わたしは両手で顔を覆いながら、ぎゅっと眼を閉じた……。
※この小説(ノベル)"夏の停止線"の著作権は第1回みんなのライトノベルコンテスト作品さんに属します。
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