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その朝も、いつもと何ら変わりないように思えた。
携帯のアラームで目を覚まし、時計を見る。八時三十分。昨日と同じ時間だ。だがデジタル式のカレンダーは、無情にも一日進んでいた。
テレビをつけるが、相変わらずどのチャンネルも砂嵐で何も映っていない。
どうやら世界は昨日と同じままらしい。
カーテンを開け、ベランダから外を見る。眼下には、人影のない、まるでミニチュアのような世界が広がっている。車も走っておらず、相変わらず音のない世界がそこにある。
人間だけでなく、動物などもいなくなってしまっているのだろうか?
「少し、住宅街の方に出てみようか……」
そう考えて、手早く着替えをすませ部屋を出る。
どの部屋からも相変わらず人の気配はなく、アパートは死体のままだった。
街に向かう前に、一応、もう一度大学へと向かう。
もしかしたら、自分以外にもこの世界に人が残っていて、学校を訪れている可能性もあるだろう。出会えなくても、何らかの変化が起こっているかもしれない。
だがそれらの期待は無情にも裏切られ、彼は再び、誰もいない校舎を見ることとなった。
駐車場には相変わらず一台の車も止まっておらず、全ての扉には、鍵がかけられたままである。
昨日散々歩き回ったときと、何ら変わっているところはない。
掲示板もまったく変化無く、校内のどこにも、人の気配は存在していない。
やはり、それは異常な事態である。そのことを改めて実感する。
本来いるべき人々がいないだけで、この世界はこんなにも印象を変えてしまうのか。
そこはよく来たはずの場所であるのだが、彼にはもはや、まったく知らない場所のように思えた。
そんな無人の大学をあとにし、彼は今度は反対方向の住宅街へと向かう。
そこにもまた、不気味な光景が広がっていた。
立ち並ぶ家々と、まったく人の気配のない街並み。
人のいない街というのは、これほどに恐ろしいものだったのか。
「誰か、いませんか!?」
彼は思わず声を上げて叫ぶ。だが街は何の反応もない。音のない住宅街に、自分の声だけが響くばかりである。
人がいないことが、返って彼には重圧としてのし掛かってくる。
それでもゆっくりと街の中を歩き、慎重に、軒先を一軒一軒覗いてみる。
だが、どこにも誰もいない。
いくつかの家でインターホンを押してみるが、当然何の反応もない。
予想できていた事態とはいえ、それはあまりにも虚しさばかりがつのる結果だった。
悪い夢だ。
世界がこんなにも静かになり、全ての人が消えてしまうことなどあり得るはずがない。
だが、この夢は一向に覚める気配はない。
その住宅街を、何度も何度も歩き回る。同じところをぐるぐると回り、見落としがないかを確認しながら進んでいく。
しかし歩けば歩くほど、誰もいない自分だけの世界ということが突き刺さる。
時間が過ぎていき、ただ太陽だけがその位置を変えていく。
それ以外に、街に変化はない。おしゃべりをする主婦も、遊び回る子供達も、あてもなくさまよう野良猫さえも、この街にはもういない。
自分一人だけが、この街を歩いているのだ。
そのことが、彼の心に影を落とす。
それらの感じている事一つ一つは、小さな違和感にしか過ぎないのだろう。
だがその違和感に世界が覆い尽くされたら、それは恐怖にまで成長する。
どこを見ても、どこまで行っても、違和感はぬぐい去れない。むしろ、そのおかしな世界を認識させられ続け、それに押し潰されそうになる。
誰もいない。
何もない。
誰もいない。
それが、こんなにも恐ろしいことだったなんて。
いつの間にか太陽は高く上がり、時間はもう二時になろうとしている
「そういえば、お腹すいたな……」
人はいなくても、自分は生きている。
人を求め、夢中になって歩いたためか、時間が過ぎることさえ忘れていたが、不意に、空腹が自分に襲い掛かってきた。
「帰ろう……」
意識を放した途端、彼の心は折れてしまった。
どれだけ探しても、誰もいない。
今まで考えないようにしてきたその事実に、気がついてしまったのだ。
足が動かない。
意識していなかったのだが、目から涙がこぼれ落ちる。
寂しさもある、恐怖もある、だが何より、世界そのものへの違和感が、彼の心を大きき揺さぶっている。
住宅街の道路の真ん中で、膝をつき、地面に手をつき、彼はただ泣いた。一度心が折れるともはや、その感情を抑えることは出来なかったのだ。
だが、何も変わらない。家々の中心で声を上げて泣こうとも、世界は彼に何も与えてはくれない。
泣いて泣いて泣いて、彼はようやく、自分自身を取り戻した。
どれほどの時間が過ぎたのか。携帯電話の時計を見ればすぐにわかるのだろうが、彼はそんな気分にもなれず、ただ静かに立ち上がって、自分の部屋へと戻ろうと歩き出した。
足取りが重い。
だがそれでもあの部屋へと戻らねば。あそこだけが、この異常な世界でも何ら変わりない、ただ一つの安息の場所なのである。
まるで死んだような、音のない世界の中を、再び歩いていく。
誰もいないこの世界なのに、律儀にも信号は休むことなく赤と青を示し続けている。
赤信号でも止まることなどない。彼はただその道を渡っていく。
車など来ない。
もし、不意に車が来て、この身体が跳ね飛ばされたとしたら、それはどれだけ幸せなことだろうか。
それは、あらゆる意味での、この世界からの解放なのだ。
だが世界は解放されることなく、彼は無事に向こう側の歩道へとたどり着いてしまった。
振り返り、道に一瞥をくれる。
車も人もいない。それなのに、ただ信号だけは変わることなく変わり続けている。
彼には、それが皮肉に感じられた。
部屋に帰り、買い置きのカップラーメンを食べる。いまのところガスも電気も普通に通っていて、お湯も普通に沸きあがった。
こうして自分の部屋に籠もっていつもと同じような生活をしていると、まるで世界から人が消えたことなど嘘のようである。
いや、そんな感情は一瞬にしか過ぎない。
結局何をしていても時間をもてあまし、落ち着かなくなる。
横になって寝ようとしたり、本を読んだりして時間をごまかそうとするが、結局することもなく、ぼんやりとした一刻の中にいるだけである。
普段ならこの時間は、学校にいて授業を聞いているはずだ。授業の中にあっては、休講ならいいのにと考えることもしばしばだったが、いざその存在自体が消えてみるとこのざまだ。
何をしていいのか、全くわからないまま時間が過ぎるのを待っている。
「……」
いても立ってもいられず、もう一度大学へと向かう。
まだ自分は、あの人の多かった大学を信じているというのか。
今までずっと、人がいなければいいと思っていた。
雑踏と雑音の中、彼は渋々授業を聴き、他人にただ憂鬱さを感じていた。
だが、本当に全てが消えてしまうと、そこに残ったのは自分一人だけとなり、まるで無に押し潰されそうになっている。
坂を上り、校舎と校庭を見渡す。希望と期待がないわけではないが、彼はもはや半ばそれを諦めている。
そしてそこはやはり何も変わることなく、昨日と、そして朝と同じ、無人の校舎だけが存在していた。
「ははははは、そうだよ、もう誰もいないんだ。何度来ても同じだ!」
自暴自棄になって叫ぶ。だがその声が校舎に響いても、何の反応もない。それがますます、自分自身の孤独感を浮き彫りにするばかりだ。
「ははは、ははは、はははははは」
それでも、彼には笑うことしかできなかった。笑っても笑っても、世界には何の変化も反応もない。校舎に空しい笑い声だけがこだまし、人がいないという現実だけが返ってくる。
「ははは、ははは……、くそ!!」
不意に、そんな自分の状況が忌々しくなり、怒りにまかせて横にあった長椅子を蹴り飛ばす。椅子はただ転がり、花壇の中に突っ込んでいった。
「……本当に誰もいないのかよ!いるなら出てこいよ!!」
何度叫んでも、返ってくる言葉はない。
自分の感情など、この世界に何の影響も及ぼさない。それが現実である。
だが、今この世界を支配している現実そのものが、あまりにも虚無的であり、信じがたいものである。
それでも、それが現実なのだ。
「街へ、街へ行こう……」
その誰もいなくなった日常の象徴にいたたまれなくなり、逃げるように中心街の方へと歩き出す。
バスは来ない。だから、自らの足で。
※この小説(ノベル)"ヒトリノセカイ"の著作権は第1回みんなのライトノベルコンテスト作品さんに属します。
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