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一
──目覚めると、見知らぬ海岸だった。
いや、知らないわけじゃないのか…… 虚ろなまま視線を彷徨わせると白いトラス橋、早瀬大橋が見えた。
目の前には僕の顔を覗き込む、みづきさんのきれいな顔。
眉間に皺を寄せて、目を細めて、眦をこれでもかってくらい下げて──あれ、泣いてるの?
「みづきさん、」
名を呼ぶと、僕の頬に冷たいものが落ちてきた。ぽたぽたと。
え、もしかして本当に泣いてる?
「み、みみみみみみづきさんッ?」
何だか身体が妙に強張っていて、動かすと全身に容赦なく走る痛みに顔を顰めつつも、僕は出来得る限りの速やかに身体を起こした。
「ど、どしたの?」
みづきさんは、本当に泣いていた。
泣いてるところ、見たの初めてかもしれない。泣いてもきれいだとか、思っている場合じゃないよね。
……思い当たるフシはあるし。
「ごめん、みづきさん…… 僕、美也子さん、消しちゃった」
みづきさんに止められたのにそれでも赴いた《神域》での出来事。
僕の脳裏に焼き付いた記憶。手に確かに残るのは『想い』を切り裂いた感触。
切り裂く直前に見えたのは、赤く染まった布団とざっくりと切れた手首とナイフと、周囲に散らばった錠剤──多分、それは美也子さんの最期。
昨日、浴室で聴いた予言めいたみづきさんの言葉を僕は思い出していた。
「これはおそらく二度目の終焉だって、みづきさん言ってたよね」
僕は『想い』と対峙するまで気付かなかったけれど、みづきさんは知っていたのだろう。美也子さんが既にこの世にない人だったってことを。
生きている人や動物の『想い』を切れば、その『想い』こそ失われるけれど、持ち主が死ぬことはない。でも、既にこの世にいない人や動物の『想い』を切れば、もう既に肉体は失われているのだから、それは二度目の死と呼んで差し支えない。
神格を与えられて祀られれば、結果的にこの世に留まることになるとはいっても、僕やみづきさんと短い間だけど確かに一緒に過ごしたあの谷野美也子さんはもうどこにもいない。
あんなにはっきりとした実体を持った『想い』を見たのが初めてだったとはいえ、既にこの世にない人だと最後の最後まで気付かなかったのは僕の落ち度だろう。
生きている者の『想い』だろうと、死者の『想い』だろうと、僕はみづきさんから命じられれば切らなければならない。みづきさんは『想い』を集める“御仕事”してて、僕は単にそのサポートをしてるだけだし。だから、『想い』の主の生死は関係ないのだけれど、みづきさんは、美也子さんと僕を出来得る限り係わらせまいとしていた。
それはつまり、僕に美也子さんを切って欲しくなかったということ──
「本当にごめん。みづきさん、美也子さんのことが好きだった──イテッ!」
下げた頭に突然の衝撃!──え、一体何!
何が何だかわからなくて顔を上げたら今度は頬を張られた。身構える間もなかったからみっともなく地面に転がり、茫然自失のうちに上から罵声が降ってきた。
「大バカ者ッ! お前は大バカ者だ! わたしが心配していたのはお前だ仙太郎! 何で会って一日程度の輩の身を案じなければならない!」
打たれてひりひりする頬を摩り、砂に思いっきり突っ込んだ所為で耳まで入った砂を掻き出しながらみづきさんを見遣ると、さっきまでの泣き顔はどこへやら、みづきさんは物凄い形相で怒っていた。
──な、何故なのでしょうか?
「え、でも、みづきさん、美也子さんにはあまり係わるなって言ってたし、艇出す前にも不幸にしないならそのままにしてあげた方がいいみたいなこと言ってたよね? それって僕が美也子さんのこと切っちゃうって思ったからなんじゃあないの……?」
そう恐る恐る問うと般若にも似た形相になっていたみづきさんの顔が呆けたように緩んだ。え、僕の見当的外れ?
「ち、違うの?」
そして、再びみづきさんは般若に似た形相へ! ああもうだからどうしてですか!
「お前はッ! お前は本ッ当にどうしようもない軟弱で脆弱男にも拘らず何でそんなに強気なんだ! 自分が負けて取り込まれるという想像はしたことないのかッ!」
「……え?」
それは勿論したことないわけがない。僕が脆弱で軟弱なのは僕自身が一番よく知ってる。
でも、むしろ毎度死にそうなのは、みづきさんの“御仕事”の手伝いする時──即ち《玉》を持って『想い』を切る時じゃなくて、むしろ普通に“発作”が起きちゃった時だしなあ。自我が崩壊しかけるから、いや、ホント毎度狂いそうだし。
ああでも“発作”の起こるメカニズムを市杵嶋姫命から教えてもらってから普通に日常生活送るだけだったらまず“発作”も起きなくなって、そういう点では、日常的な危機管理意識というのは低くなってるかもしれない、な。
「わたしは! お前が! 谷野に取り込まれてしまうことを心配していたのだバカ者ッ!」
な、なるほど。
「ごめんなさい、全然考えてませんでした」
──うん? でも、あれ? 美也子さんに取り込まれることなんて本当に考えてなかったけれど、何で今回みづきさんこんなに心配してくれていたんだろ? いっつもだったら何の遠慮もなく物凄い派手に僕のこと酷使するのにな。
僕の中でそんな疑問が燻っていたけれど、一応僕が謝ったことで、みづきさんの気は一先ずは治まったらしい。
「まぁ反省しているのならばいい。車は代行に頼んでそこまで運んできて貰ったから、艇積んでさっさと帰るぞ」
僕は頷いて立ち上がって砂を払い、そして、みづきさんと二人でいつものように片付けを始めた。
※この小説(ノベル)"タンデム ~HAYASE SETO AND APPROACHES"の著作権は第1回みんなのライトノベルコンテスト作品さんに属します。
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