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──惹かれたのはその横顔だった。
どこの制服なのか知らないけれど紺地の清楚なセーラー服姿が似つかわしくないほど威風堂々と立ち、ぐいっという効果音がつきそうなほど力強く腕を組み、そして、僅かに上の方を半ば睨めつけるように見据えた、何だか妙に場違いなまでに真摯な横顔。
真一文字に結ばれた薄い唇、険しくつり上がった眦、きっと眉間にはくっきりと縦皺が刻まれているだろうことが容易に想像出来ても、そんなことは気にならないくらいにはきれいな女の子だった。
ここは何てことない商店街の片隅だ。でも、若い子向け──かく言う僕も多分世間一般からしたら若い子なんだけど──の店はここにはない。そういうのは断然華やかな駅前に集中している。この辺りはかつての城下町の一部で、見るからに古くから商っているのだろうなとわかる八百屋や鮮魚店、後は金物屋とか生花店とか生活雑貨を扱う店が軒を連ねている。所々、若い女の子にも受けそうなレトロな骨董店や雑貨屋が混ざったりしているけれども、トータルからすれば年配の人が多い区域だ。僕もこの近くにある妙に品揃えのいい古書店がなければここまで来ることはない。
平日の昼下がり。どう見積もったって二十歳そこらの大学生然とした僕もきっと浮いているだろうけれど、制服姿の女の子は間違いなくもっともっと浮いている。
今もシルバーカーを押したおばあちゃんが一人、彼女の後姿に不思議そうな眼差しを向けてゆっくりと通り過ぎた。その直後、車道の端を自転車で通り過ぎた年配の小父さんもちらりと彼女の背に一瞥を向けて走り去った。
そして僕は、いつまでも歩道の真ん中で、女子高生と思しき女の子の横顔を見つめたまま立ち尽くしていると、然るべきところに通報されそうな気がしてきたので、目を逸らして通り過ぎることにした。
しかし、彼女、あんなに熱心に何を見ているのだろう。
軒先から歩道に向けて置かれた看板からするとそこはアウトドアショップ。そういえば前にここを通った時には道化師の靴みたいな形をしたボートらしきものがショーウィンドウに飾られていたよなと思いながら、女の子の背後からその肩越しにショーウィンドウを見遣った。
あれ、売れたのだろうか。そこに見慣れない形をしたあのボートらしきものはなかったけれど、そのお陰で店の中がよく見えた。初めて興味持って見た店内は天井こそ高そうなんだけどそんなに広くない。でも、その広くない店内を仕切るように対角線上に設えられた棚に積み上げるようにして赤や黄色の豪く長いボートが何隻も置かれ、面白いくらいに鮮やかだった。
ああ、これはこれで意外に宣伝になっているんじゃないかな。ショーウィンドウに何もなくても。
店内は外よりちょっと暗いから、中の様子はよく見なければわからない。でも、ボートの原色に目は絶対に反応する。何だろうと興味を持ったら確かめたくなるというのが自然だろう。そして、知る。鮮やかな色を纏うのは笹の葉のような、もしくは柳の葉のような整った流線型のボートだと。
なるほど彼女もこれに目を奪われたに違いない。僕はそんな彼女に目を奪われていたわけですが。そういえば、今、僕…… 足早に通過するつもりだったのに、いつの間にか僕は彼女の後ろ辺りでほとんど止まりかけていた。そして、それに気付いたと同時──窓の中の彼女と、目が合った。
合ってしまった。気付かれないように通り過ぎるつもりが。
窓に映り込んでいるその表情まではわからない。でも、真っ直ぐに見つめられているのはなぜかはっきりとわかって僕は今更だけど慌てて目を逸らした。
や、やましいことは何一つしていないけれど、な、何だろう、ふと見かけた女の子の横顔に惹きつけられて、そんな彼女が熱心に見ているものも気になって、それで見遣った視線の先の色鮮やかなボートにちょっとばかり見入ってしまって。見入るきっかけがその彼女だった分、何か気まずいというか、不審者に思われたくないっていうか……。
「おい、お前、」
突然の声に息を呑む。至近距離からの女声は硬質なソプラノ。
念の為、僕は息を呑んだまま、前後左右を見渡してみた。でも、いない。僕と、彼女しか、いない。
多分、いや、十中八九声の主は彼女だろう。そもそも僕と彼女の間は一メートルも離れていない。とすると、彼女のいう「お前」ってやっぱり、
「お前だ。今不自然に明後日の方向を向いている…… これといって特徴のない、お前」
物凄い人混みで人探ししてるとしたら絶対に見つからないことを言っているけれど…… って、ごめん、特徴なくって本当にごめん。人に顔覚えてもらえない人ランキングなんてあったら間違いなく上位に入る自信あります、僕。
僕は観念して不自然に逸らしていた視線を女の子に向けた。
横顔の時の印象と寸分も変わらない、きれいな顔。思っていたよりちょっと幼い気がしないでもないけれど、眦はやっぱり強気につり上がって、というかさっき以上につり上がっていて、多分、僕、睨まれていると思うのだけど、全速力で逃げ出したい気持ちとは裏腹に、その濡れたように光る黒目勝ちな目から目を逸らせなくなっていた。
何て言うんだろう? ええっとこれは…… ……蛇に睨まれた蛙?
そんな諺思い浮かべてみたけれど、やっぱり僕は目の前の女の子の真っ直ぐな視線に射竦められたまま。そうして不本意ながらも見つめ合ううち、女の子がついと目を眇めた。
きれいな顔がちょっと意地悪に歪む。
なるほど多少意地の悪い顔になってもきれいな顔はきれいなままなんだなと、その意地の悪い表情は明らかに自分に向けられたものだということは棚に上げ、ほとんど現実逃避気味に突っ立っていると、
「お前、カヤック好きなのか?」
──何ですか、それ。
てっきり咎められるものだと思っていたのに、女の子はそんなことを言って口角を吊り上げた。
思えばここで無視して立ち去るっていうのもアリだったと思うのだけど、僕は実に間抜けに口を開いて訊き返していた。
「カヤッ、ク……?」
聞いたことあるような、ないような、謎の単語。全然知らない感じじゃないから訊き返してしまった。しかし、カヤック、カヤック……?
「では、カヌーと言えばわかるか?」
「あ…… うん、」
それならばわかる。それはあれだ。この店の中に飾ってある色鮮やかな細長いボート。確かカヌーだよ。なるほどカヌーのことか。理解した。
それを口頭で伝える代わりに指差して見せると、女の子は吊り上った口角を戻して宜しいとばかりに頷いた。
「では、改めて訊こうか──お前、カヌー好きか」
……何だか見た目以上に強気な女の子みたいだ。
小父さん口調というか重役口調というか少なくとも年頃の女の子の口調じゃないし、そもそも初対面の人間に居丈高過ぎるんじゃ……。
ただ、いくら強気で妙な口振りでも、自分より明らかに年下に見える、それこそ女の子って呼べるくらいの年の子に強気に出られても可愛いなあとしか思えない自分もいる。
そんなわけで女の子のペースに図らずもすっかり乗っかっていた僕は
「乗ったことないからわからないよ」
曖昧に笑ってそう答えた。と、女の子は訝しげに細い眉をくいっと寄せる。
「だが、お前さっきから興味があるとばかりにこの店を見ていただろう?」
何て真っ直ぐな疑問をストレートに投げかけられているんだろう、僕。
それはカヌーに興味があったんじゃなくって君が気になってたから──と、そんなはっきり言える性格ならば、僕は慣れない土地に気後れして大学をサボり孤独のうちに街を彷徨うこともなく、きっと彼女とも出逢わなかっただろう。
そして、その先も──
僕は正直に告げることも、かといって適当な言い訳をつけることも出来なくて、それでも答えを欲するような女の子の真っ直ぐな眼差しにとうとう耐え切れなくなり、ついと視線を背けた。但し、何故かそこに踏み止まったまま。
そして──僕は逃げる最後のチャンスを自分の手で潰し、あまつさえ咄嗟に嘘まで吐いた。
「カヌーは知らないけどアウトドアは好きだしね」
それは嘘っぱちも嘘っぱち。大嘘だ。
まず僕には運動神経ってものが備わっていない。大体走るのどころか歩くのも遅い。山なんてとても登れないし、川でも海でもプールでも泳げない。にも拘らず不幸なことにどうしてか体躯の均整というヤツだけは取れていて、中学の時は野球部に、高校の時は陸上部に勧誘されて入部したが、卒業時にはどちらもマネージャーだった。毎日欠かさず練習に出て、バッチリ皆勤賞だったのにだ。気合だ根性だと僕を叱咤激励してくれた諸先生方も全員最後には「不憫でならない」と泣いて下さり、そして、僕は「猛者泣かせの男」と不本意極まりない二つ名を手にした。勿論、不名誉だ。
そして──これは少し深刻なんだけど、僕は『外』が怖い。人工物で溢れかえった街も手付かずの自然も、観光地もショッピングモールも通っていた学校や在籍中の大学キャンパスでさえ、一人の時は勿論、誰かと一緒にいてもふとした瞬間に正体不明の不安に襲われ立ち尽くすことがあった。否、今でもだ。茫然自失というのか何というのか、僕は“発作”の類なのかなと思っているけど、とにかく何が何だかわからなくなる。タイミングも何もなく、予想不可能。病院は怖くて行けないまま、唯一落ち着ける場所だった実家も大学進学を機に離れざるを得なくなり、今は縁故のない土地で不安に怯えつつ学生アパートで一人暮らし。不安になる理由がわからないし、気味悪がられても嫌だから、友達を作ることもままならない。それでも進学から一年が経ち、講義の為に通うだけの大学にも少しは顔見知りも出来て、無闇に怯えることだけはなくなったけれど、必然的に一人になってしまう部屋で過ごすには本やゲームのように能動的に集中出来るモノが欠かせなかった。
そんな僕にアウトドアなんて無理。実際小中高の林間学校や臨海学校はキャンプに耐え切れずに高熱を出して救急病院のお世話になってる。もうこうなると好き嫌い以前の問題だろう。なのにどうして嘘を吐いたのか。
おそらくは──見惚れていたことを当の女の子に知られたくなかったという意地と、ここで嘘を吐いたって今後に何の影響もないだろうという目算。
だって、見も知らない女の子だよ? 彼女が話しかけてこなければ単に擦れ違って終わっただけ。こうして偶然言葉を交わすことになってしまったわけだけど、会話が終了すればサヨウナラだと思うのが普通だろう。
少なくとも僕はそれが普通の世界で生きてきたつもりなんだけど、
「そうか、ならば決まりだ。お前は今日からわたしの手足となれ」
※この小説(ノベル)"タンデム ~HAYASE SETO AND APPROACHES"の著作権は第1回みんなのライトノベルコンテスト作品さんに属します。
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