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闇の中でわたしは何かを掴もうとしていた気がする。
それはずっと掌に感じていたはずの、大切な感触。それを失ったような気がしたから、わたしは自分の指を動かそうと思った。
なぜかうまく動いてくれない、鈍くなったわたしの指を、心の中で叱咤する。
「鈴菜。鈴菜、わたしよ、わかる?」
耳元で声がした。
その声で、ぐいっとわたしは引き上げられたような感じがした。深海の底から水面に向かって勢いよく浮上したみたいに、わたしの眼が、耳が、その瞬間機能を取り戻した。
「鈴菜。返事をして」
わたしの顔を覗き込んでいてのは、茜ちゃんだった。茜ちゃんが頬に大きめの絆創膏をした姿で、泣きそうな表情でわたしを見つめていた。
「あれ……茜ちゃん」
わたしの喉は奇妙に乾いていて、声は掠れてかすかに出ただけだった。
身体のあちこちが痛い。
ここはどこだろう。わたしは横になっている。たぶん、ベッドに。
仕切りのカーテンが天井から下がっているのを見て、保健室に似ているとちょっと思った。
腕に点滴を受けていることに気づき、ではここは病院だろうかと考える。
何があったんだっけ。わたし、どうして病院にいるんだろう。
そのあとお医者さんや看護婦さんがきて、わたしの身体を診察したり包帯を替えたりしたようだった。
わたしはそのあとしばらく眠ったり起きたりをくりかえし、少しずつ断片を思い出してきた。
そうだった。奇妙な振動や紫めいた色に光る空。落ちてくる火の玉。あれのせいで、わたしはたぶん大怪我をしたのだ。
でも、それだけだっただろうか。わたしは何か重要なことを忘れているような気がする。いったいなんだろう、この喪失感は。
治療の合間に茜ちゃんが尋ねてきてくれて、いろいろな話をしてくれた。
突然襲ってきた、正体不明の「敵」の話。世界中が一方的に攻撃を受け、建物は壊れ、地形は変わり、多くの人が亡くなった……。
わたしの母も亡くなったらしい。最後の記憶に残る母は、断崖にかろうじて掴まっていた。
わたしは母の手を掴んでいたのに、助けられなかったのだ。
「茜ちゃんのご両親も……?」
「うん……たぶんね。敵の攻撃が止んでから、あちこち探し回ったけど、見つからない」 涙をこらえるように茜ちゃんは言う。
今、日付は、5月に入ったばかりだそうだ。
「あたしは比較的、怪我が軽かったから、ここでボランティアやっていたんだよ」
「ここ……病院だよね」
「そう。駅から北口に十分くらいの病院。ここは地盤が頑丈だったこともあって、偶然建物がほとんど残ってたんだよ。庭とか駐車場がけっこう広いから、避難所にもなっていて、あたしはそこで配給のときにお手伝いしてるの」
「そうなんだ……」
「そのおかげでこうして鈴菜と会えて嬉しかった。大怪我してたけど、生きてるってわかったから。そのことがずっとあたしの支えになっていたの」
「わたしも茜ちゃんに会えて嬉しい。ものすごく嬉しいよ……」
そう言いながら茜ちゃんの手を握り返す。わたしは肩や肋骨、内臓の一部をやられていたらしいけれど、その怪我もきっとそのうち治るからとお医者さんから言われた。
起き上がれない状態のまま、わたしはそのあと一ヶ月ばかり病院のベッドで過ごした。
その状態で首だけめぐらせて見る、窓の外の風景は奇妙な瓦礫に覆われていた。
※この小説(ノベル)"夏の停止線"の著作権は第1回みんなのライトノベルコンテスト作品さんに属します。
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